インタビュー

インタビュー #12 「Himagine」



突然ですが、このページを開いてくださった皆様は、フリーペーパーの面白さってどこにあると思いますか?

ONLY FREE PAPERの店内には洗練されたデザイン・内容のフリーペーパーがずらりと並びます。そのクオリティの高さに「これ本当にフリーなの?」「すごい」とつぶやくお客様は多くいらっしゃいます。お客様の声に耳を傾けていると、フリーペーパーの面白さ=商業誌に劣らないクオリティの高さ、と答える方のほうが多いのかな、と日々店番をしながら感じています。

私の考えるフリーペーパーの面白さというと、シンプルに「伝えたいことを素直に表現できること」だと思っています。広告を募らなければ募らないほど、出版の規模が小規模になればなるほど、その傾向が目立ってくると感じています。
「伝えたいことを素直に表現できること」がフリーペーパーの面白さの一つだよということを多くの人に伝えたい。そう思い、今回『Himagine』というフリーペーパーを制作する方にインタビューを申し込みました。

多くのお客様が「(こんなに立派だけど)本当にフリーなの?」と手にする媒体とは真逆の路線を貫く、この『Himagine』というフリーペーパー、皆様はご存知でしょうか?
知らなくて、正解です。
というわけで、毎号『Himagine』を印刷しているという世田谷ボランティアセンターにて、同誌の編集長・マツさんにお話を伺ってきました。

『Himagine』
三軒茶屋発・暇な法大出身社会人による暇つぶしのためだけのフリーペーパー。
発行は法政大学’15卒のメンバー6名が中心だが、寄稿しているのは学生から劇俳優、フリーターからサラリーマンまで様々。法大卒に関わらず、「同世代が今、書きたいことを書けるように」と「ゲストライター」を都度迎えている。2013年夏から年3回(社畜度レベル等で年2回になることもあり)、700部程度を発行。現在、第19号まで発行している。

・Himagineってどんなフリーペーパー?

檜山:まず、『Himagine』って、一言で言うならどんなフリーペーパーでしょうか?

マツ:ええ…モテない男の日記みたいな?そうですね、20代社会人のはけ口みたいな感じですかね…。とりあえず現存するバックナンバーを持ってきたので、よければ見てみてください!




檜山:『Himagine』の誌面は基本的にWordで作られているって聞いたのですが、本当ですか?

マツ:本当です。最近ではPowerpointも使うようになったんですけど(笑)。共通しているのは誰でも使えること。基本的に原稿制作は1から10まで各編集メンバーにお願いして、集まってきたものを僕が取りまとめる形でやっているので。
『Himagine』を創刊した当時はそもそも僕自身がWordしか使えなかったのもありますけど…。色んな人を巻き込む時のために、誰でも使えるWordでの作成をメインにしていて、今でもそのままにしているんです。ライターによって忙しい時は文章だけ送られてきて、僕が原稿に流し込んだりもしますけど…(笑)。

檜山:Wordメインというのは意図的なものだったんですね。あ、手書きの部分発見しちゃいました。



マツ:初期の頃は新聞の作り方みたいですよね。全部A4の紙にのりで写真を貼ってスキャンしてるって。印刷しているのは今インタビューをやっている【世田谷ボランティアセンター】なんですけど、世田谷区民でこんなに大量印刷する人いないらしいです。

印刷作業の様子。中綴じホチキス等を使い、約800部を全て手作業で製本。


檜山:すごくアナログなやり方で作られているんですね。

マツ:そうですね。あと、”ゲストライター制”はあると思います。固定の編集部メンバーだけで作るんじゃなくて、縁があった人や気になる人に執筆をお願いするんです。そんな感じですかね、Himagineのざっくりした説明は…。

マツ:ちょうど大学3年のときに、身の回りにもバンドつくるとか映画作るとかいろいろやり始めようとした友人が多かったんですけど、結局最後まで形にしていたのって1割くらいだった気がします。僕らも創刊号は思い起こしてからつくるのに半年かかっちゃったんですけど。

檜山:1から作るのに半年って割と早いと思います…。成り立ちとかもすごく気になるので、詳しくお聞きしていきますね。

・「TOKYO MXみたいな雰囲気、自由度のフリーペーパーを作りたかったんです。」

檜山:そもそも、なぜ『Himagine』を作ろうと思ったんですか?

マツ:まず法政大学って、大学2年が終わったら実質引退ってサークルが多かったんです。なので3、4年になるともう学内OB扱いみたいな。

檜山:では、1,2年生まではマツさんはどこかのサークルに入っていたんですか?

マツ:はい。【生協学生委員会】っていう、大学生協の委員会みたいなのに入っていたんです。生協学生委員会って女子が多くて。高校までずっとサッカーしかしてなかったので、これは!と思って入りました(笑)。

檜山:(笑)。うちの大学の生協学生委員会も確かにイケイケの女子が多かったかも…。実際入ってみてモテたりしたんですか?

マツ:・・・。何もなかったですね(笑)。ただの変態が来たみたいな感じの空気を感じていました(笑)。けど、そこで新入生向けのフリーペーパーを作っていたんです。いろんな学生にインタビューして、まとめて、発行して、みたいな。それがすごくおもしろくて。その時に冊子を一冊作ったのがきっかけでフリーペーパーに目覚めました。それで、ある時に「このフリーペーパー、僕が一緒に作りたい奴に声かけてやったらどうなるのかな」って思ったんです。ちなみにそのとき法政には、ファッションに特化したものや、ゼミ選びを紹介するフリーペーパーとかがあって。それらに対して、自分たちは自由な内容なものを作りたいなと思って。その時、『TOKYO MX』(※東京エリアのテレビ局。キー局で流すことは厳しいようなきわどい内容を流す番組が多いのが特徴のひとつ)がすごく自由な雰囲気でやっていたので、自分たちもそのようなフリーペーパーを作りたいと思ったんです。

檜山:テーマを決めて何かをみんなでひとつのものに向かって作るフリーペーパーではなく、それぞれの書きたいことを寄せ集めたものを作りたかったんですね。

マツ:そうですね。ちょっと付け足しをすると、僕らがいたのは法政大学の【メディア社会学科】って所だったんです。なので、学部に何百人も学生がいるけど、みんな映画を撮ってたり新聞を作ってたり、発信している人が多かったんだったんですよね。

檜山:マスメディアな感じですね。

マツ:まだSNSでバズったりとかがそこまで一般的じゃない時でしたからね…。今だったらまた違う風に思うかもしれないですけど、当時は発信する仕事がかっこいい!と思ったらマスメディア目指す、みたいな感じだったんですよね。

檜山:15年卒くらいだとそうですよね。…なんか、そのあたりですよね。マスメディアではない、ミニコミとかフリーペーパーが流行りはじめたのって。フリーペーパーって流行る波がありますけど、そのあたりって結構個性的なフリーペーパーがたくさん発行されていた気がします。

マツ:そうですね。法政大学も少なからずそんな感じで、フリーペーパーサークルが5つくらいありました。

檜山:いい環境ですね。

マツ:そうですね。で、大学3年になって暇になっちゃったから、 『Himagine』と。

檜山:あ、由来はそれなんですか!

マツ:そうです、サークル引退して暇人(笑)。 あのー、本当に暇で、夏休みも暇すぎてチャリンコで名古屋行ったりしてましたし・・で、なんかほんと暇すぎてやばいねって。せっかくだから、その暇な時間をモテることに繋げたいねって。これが始まりでした(笑)。

檜山:暇だからモテたいねってことを創刊当時のメンツと話されていたんですか?

マツ:そういうことです。そうそう、初期メンの共通点は【マスコミ就職講座】を一緒に受けていたメンバーなんです。みんなメディア志望で、授業とか一緒だったら一緒に受けるけど、サークルとかはバラバラ、みたいな。初期メンは男5、女1だったから、もっとAAAみたいにリア充感ある団体にしたいっていうのが僕らの中であって(笑)。

檜山:AAA(笑)。 この6人はマスコミ講座で周りに座っていたとかそういうことですか?

マツ:はい。で、僕がメンバーを誘うにあたって、➀仲がよくて➁Twitterが面白いっていう条件で声かけたのが初期メンバーです。ワンピース方式ですよね。仲間になれ!(ルフィがロビンに言ったみたいな)やりたいって言え!って。

檜山:ワンピース(笑)。誘った方の反応はどうでした?

マツ:やっぱり皆、最初は難色を示すんですけど、「モテるよ」って言ったら、やるやる!って(笑)。そう、その時に便利だったのが「『Re:Go』(※法政大学フリーペーパーサークルのひとつ。)の奴らめっちゃモテてんじゃん」ていう。

檜山:周りのフリーペーパーサークルをダシに使ったわけですね(笑)。

マツ:とりあえず成り立ちはそんな感じです。暇で、モテたいから始めました。



・「メンバーそれぞれの書きたいことを載せるだけだから、そもそも会議もいらないです。」

マツ:まず僕ら、会議をやらないんです。「読者が読みたいものは何か」と考えて作るのとは真逆のスタンスで。

檜山:会議やらないんですか?!会議をやらないとなると、読者が読みたい企画を狙うんじゃなくて、きっと自分自身が本気で発信したい企画で勝負するってことですよね。だからあんなにオリジナル感溢れる企画が生まれるのか…。『POPEYE』とかもそうだっていう話を聞いたことがあるんですけどね。

マツ:『圏外編集者』(※都築響一氏の著書。人の忠告よりも、自分の好奇心に従う事で多数のヒット作を生み出した編集者の歩みを綴った本。)みたいですよね。
『Himagine』は会議で生まれる何人かのアイデアを足したものというよりは、最初にそいつが書きたいと思った熱量そのままでつくってもらってますね。そういうオリジナル感の方が好きなんです。

檜山:なるほどです。『圏外編集者』の都築さんの考え方はフリーペーパー的だなと思っていたので、なんだか納得しました。

マツ:ただ言っていいですか?

檜山:はい。

マツ:あれ40ページくらいしか読んでないんですよね(笑)。



マツ:眠くなっちゃうんですよね。僕あんまり国語得意じゃないので、ずーっと文字だと疲れちゃうなって。なので、『Himagine』もなるべく字続きにならないように頑張ってるつもりなんですけどね。ここらへんちょっと頑張りましたね。



マツ:懐かしいなー。

・「発信できるエピソードを持っているのに、出す場がない。そんな人を仲間に入れて楽しんでます。」

檜山:話の最初に仰っていた「20代社会人のはけ口」について聞いてもいいですか?

マツ:僕ら編集メンバーはマスコミ系の学科だったので、やっぱりマスコミに就職したメンバーが多かったんですよね。でも、皆伝えることがしたくてマスコミの世界に入ったけど、結局仕事でやるのは仕事で言い渡された神社の歴史とか、事件の取材らしくて。それもそれで大切なことだけど、自分が今思っていることを発信する場は仕事の中にはない。だったらそれは『Himagine』で書いてよ、って。そういう意味で「20代社会人のはけ口」って言ったんです。社会人になってどうよ?とか、マスコミって忙しそうだけど実際どうなん?とか、そういう本音を『Himagine』で書いて欲しかったんです。

檜山:今それを聞いて、『Himagine』って自分が伝えたいことを素直に伝えているフリーペーパーだなって思いました。「自分たちが言いたいことを素直な熱量で表現できる」ということは、フリーペーパーの面白さのひとつだと思うんです。

在学時の文化祭にて。よく見ると垂れ幕に『Himagine』が使われている。

檜山:いいなあ…『Himagine』。同時に、『Himagine』って飾っていないというか、オンリーワンの企画になっているよなあ、と思ったんです。

マツ:校正とかのような本来の意味の「編集」が最小限なので、それがオンリーワンの企画に繋がるんじゃないかなと思っています。オンリーワンの楽しいアイデアがあるけど、発表する場がなかなか無い人たちを巻き込んでやったらおもしろいんじゃないかなと。実際面白かったですしね。
 ゲストライターに関してもそうなんですけど、ひとつはその方がマンネリ化しないと思って。もし今マンネリ化で困っているフリーペーパーがあったとしたら、それは多分内内でやっててもうネタ切れ…とかだと思うんです。

檜山:そういえば、なぜゲストライター制をやろうと思ったんですか?

マツ:『Himagine』を始めるときに、法政の他フリーペーパー団体の人からそういうネタ切れとかリアルな話は聞いてて。「そうなんだよね、ネタ切れとかあるねー」とか「編集長と副編集長がつきあっててさ、仲悪いと雰囲気悪くなるんだよね」とか(笑)。だったら、『Himagine』からはその要素を取ろうよ、って。僕も実際に生協委員会で似たような状態になったことがあったんですけど、別にそこから得るものはないですしね。

檜山:そういうマイナス要素を除いたものをつくれば、、

マツ:自ずと発信したいことを発信できるようになるかなと思って。それに、多くの人を巻き込んだ方が『Himagine』の幅も広がるし、かわいい女の子を表紙に呼べば、僕らもつきあえるかもしれないし、とか。

檜山:モテたい、彼女作りたいが根底にあるんですね(笑)。表紙ガールもその発想から始まったんですか?

マツ:サンデーとか、マガジンみたいに、美人が表紙だと人は手に取るよね、って発想から始まりました。ただ僕ら、そもそもモテないんで、美人の友達が少ないんですよ・・・。さらにいうと美人でかつ、こんなへっぽこフリーペーパーに協力してくれる器が広い方なんて、まぁ誰もネットワークなくて。ですから、一人協力者を見つけたら必死にその方から次につなげようとしたり(笑)。 日本のサッカーみたいに少ないチャンスをいかに決められるかが重要でした。友達の友達の後輩に頼んだ時もあるなぁ・・・。ちなみに、僕たちの人生唯一のナンパ経験はこの表紙ガール探しです。

檜山:表紙ガールはいつもスムーズに見つかるんですか?

マツ:道で会った外国人の方とか、、、 文化祭で僕らの屋台に来た子とかにスピード勝負で3分ぐらいで了解得て、写真のっけて・・あ、今思うと雑な対応ですごい申し訳ないな・・・でも僕たちなりにすごい頑張りました。今思えば「読モやりませんか?」って詐欺みたいな誘い方だったけど。
 社会人になってからは自分たちのネットワークがすごく広がったので、美人と遭遇できる機会はぐっと増えました。ですが、いまだに毎回ギリギリまで決まりません。断られたり、LINEブロックされたり。でもすごい楽しいですよ、おススメです。だって美人と関われるんですもん。



マツ:女性関係の記事でいうと、これ(上部画像)とかすごいんですよ。自分が一回告って振られた人にインタビューしにいくっていう。なんで僕だめだったんですかって。普通に無理とか言われてるし(笑)。

檜山:恋愛系の企画って【モテ】とか【フェチ】とか、どれも既視感のあるテーマになりがちだから、ここまでオリジナリティを出せるのはすごいと思います。

マツ:本当にあったことをそのまま載っけてるから、オリジナルにならざるを得ないというか。添削も会議もしないし、本当にコイツのオンリーワンの企画なんですよね。
 結果論ですけど、モテたいがために始めた行動を通して自分たちの繋がりも広がっていった気がします。そのおかげで5年も続いているのかなと思います。



檜山:社会人になってから加わったゲストライターの人も多いんですか?

マツ:そうですね。社会人になってからはゲストライターの仕組みがより盛んになってきた気がします。大学時代は知り合いじゃなかったけど、学生時代に噂で聞いてたすげえ奴、みたいな人をを巻き込んだり。

檜山:卒業すると学校や学科、あらゆるコミュニティの壁がなくなりますよね。

マツ:そうなんです、だから飲み会である編集員とかゲストライターから「知り合いに2浪3留のやつがいてさ」とかって情報が入ってくると、それ超面白いじゃんって。当時社会人始まったばかりで暇だったので、すぐに飲み会を設定しましたね。

檜山:飲み会をきっかけにして、ゲストライターをアサインするんですね。

マツ:表面上は飲み会なんですけど、こっちとしては誘いにかかってますね(笑)。

檜山:そうそう、なんか『Himagine』って発行を重ねるごとに進化していると思うんですけど、その秘密ってなんなんだろうなって思って。

マツ:進化してるって本当ですか?でも確かにゲストライター制とか、色々な人が関われる仕組みを作ってからは変わった気がしますね。

ゲストライターによる記事。こちらはフリーペーパー『月刊妄想星占い』さんによるもの。


マツ:あとは、どこか地方に置かせてくれる店ができたら、基本的に自分で足を運ぶようにしているんです。岐阜の喫茶店とか。そうやって友達増やしていく感じが『Himagine』の配布活動で好きなところです。その方が【やってる感】ありますしね。趣味は薄っぺらくしたくないというか…。

檜山:私、このインタビューをするに際して『Himagine』のことを「あったかいフリーペーパー」と表現していたんですが、なんか、そういうところだよなあって思いました。伝えたい熱量をそのままぶつけたり、地道に足を運んだり。『Himagine』のように手探りで一冊をつくっていくあたたかさが私は「フリーペーパーらしさ」だと思っています。だからどんどんパワーアップしているのかな。

マツ:少ない人数でやっているというのもありますね。そのほうが色々やってる感あって楽しいんです。

・自分ルール、ズルが許されるのがフリーペーパー

檜山:『Himagine』の編集で大切にしていることはなんですか?

マツ:あまり自分たちを追い込み過ぎないようにしていることですかね。今回、ページが埋まらない!ってなったら、評判が良かった過去記事を使いまわすとか、インタビューを自作自演するとか。

檜山:適当ですね(笑)。「くだらない記事が多すぎる」との声をよく聞くんですけど、そのくだらなさはどこから?って思っていたんですよね。

マツ:活動する最初のころにアドバイスをいただいた『おてもと』(※当時学習院大学の学生だったメンバーによるフリーペーパー。「趣味でやっています」という原点のもと、印刷から製本、地域への配布活動まで全て自分達の手で行っていた。学生フリーペーパーコンペ2011年度優勝誌。)編集部の方からの受け売りですが、趣味でやってることに必要以上のストレスを生むと元も子もないですよね。しかもなんか編集部みんなその部分の価値観が似ていて。大学1年のころから就活講座で一緒なんでもう8年目の付き合いですが、「ここはちゃんとやろうよ」と「いやそれはこだわったらキリないよ」のラインの位置がほぼ一緒なんです。
 勝手にお互いの写真使ったりなんかもありますよ。インタビューの自作自演でそいつの名義だけ借りたりなんかして。いつも完成してから伝えてますね。「今回、俺がお前にインタビューしているテイの記事あるから。」「お、まじか。よくわかんないけど了解。」とか。知らないうちに自分が記事に登場しているのは『Himagine』あるあるです。あと、インタビューって大変じゃないですか。相手から話聞いて、それを文字起こしして、編集して・・・。でも僕小学生から雑誌とか読んでインタビューする人にすごい憧れてたんです。でもめんどくさい。なんかそれなら自作自演でいいやみたいな。かなりストレス解消されますね。

檜山:想像以上にフリーだ…。では最後に、今後『Himagine』はどうなっていくか、今後やりたいことなどあれば教えてほしいです。

マツ:いくつかあります。まずはフリーペーパーとしては少なからず20代のうちは続けたいです。今26歳なのであと3〜4年は。僕が辞めるって言わない限りはほのぼの続くので、多分これはクリアできるかなと思います。むしろ今やらないのもったいないぐらいに思います。20代後半にさしかかって、今、身の回りの人たちのライフスタイルの変化がハンパないんです。これまでにないぐらい、カオスになってきました。結婚したやつとか子供できたやつもいるし、脱サラして店始めたやつや移住したやつもいて、、すごい感動しちゃってます。そんな中で未だにモテないし、社会人としてもなかなかへっぽこ状態の自分らもいるし。26歳っていい大人だから、そういうライフスタイルの変化は当たり前なのかもしれないけど、、そういう人を『Himagine』の雰囲気に絡めて作っていったらどうなるんだろう、楽しみだなって期待感ありますね。
 もう1つはフリーペーパー以外にもなんかやってみたいです。実は結成してからこれまで映像作ろうとしたり、色々やりかけたことはたくさんありますが、全部頓挫してます。 せっかく20代を必要以上に一緒に過ごしてるメンバーなんで、誰かができちゃった婚とかする前に思い出づくりしたいです。まあモテないからその心配もいらないですかね、、。




自分でもフリーペーパーを作ったり、ONLY FREE PAPERで店番をしたり、様々なフリーペーパーに触れる機会を持つようになった中で最近ふと感じる事がありました。それは、より多くの読者に届けようとされたはずの諸々の工夫がいつの間にか本来表現したかったものをまさに侵食してしまっているような冊子が多く見受けられるという事です。そして、更に言うとそのような「余分に計算されたフリーペーパー」は、実はいつの間にか製作者さん自身をも疲弊させているのではないかという事です。
フリーペーパーの良さって本来、言いたいことを素直に表現できることだと思うのですが、それが実現できているフリーペーパーは果たしてどれくらいあるのでしょうか。

そんなことを考える一方で、マツさんのお話を聞いていると「自分自身も言いたいことを普段から言えているか」と自分のことを振り返ってしまいました。



この企画(上部画像)とかは思いっきり本音で語ってますよね。自由に、本音で書ける媒体が身近にあるのって本当に楽しいんだろうなあ。
白黒の紙面だけど、その一方で色んな色を取り込んだ人達で作られている…そんな雰囲気を感じたHimagineインタビュー。
手書きでベージ番号が訂正された再生紙からは、編集員の方々の8年間のストーリーをふと想像してしまいました。


text・interview 檜山(ONLY FREE PAPER)
photo 檜山(ONLY FREE PAPER)、一部マツさん提供
ロケ地:世田谷ボランティアセンター


2018-07-12 | Posted in OFP STAFF, インタビューNo Comments » 

 

他人と屋上とそらと 〜インタビュー 特別編〜



フリーペーパー好きの方々なら『他人』というフリーペーパーの名前を聞いた事があるかもしれない。

おおよそ4年前、突如として配布された謎のフリーペーパーは、その内容から瞬く間に評判を呼び、界を賑わせた。
長きに渡る沈黙の後、もう終わってしまったと思われていた昨年、待望のvol.2が発行された。
その内容も正に圧巻で、vol.1を更に煮詰め凶暴にしたような強烈さだった。vol.1が大好きだった僕でさえ、一度に全てを読み終える事が出来なかった。半分ほどを読み終えた時点で、いつの間にか胸焼けのような眩暈のような、そんなどことない体の異変にすっかり支配されてしまった僕は、一度誌面から視線を外し一息置いてから何とか最後まで読み終える事が出来たのだった。

さて、そもそも『他人』を知らない方はここまで読んで、何がそんなに強烈なんだとお思いのことだろう。



そもそも『他人』とはどんな内容のフリーペーパーなのか。
ざっくりと説明してしまうと、《あかの他人に対し、アポなしの突撃インタビューを敢行するインタビュー誌》ということになるだろう。
このコンセプトだけでも十分に何やら只者ではないという印象を受けるが、それ《だけ》と言えば《だけ》なのだ。
シンプルで洗礼されたデザインを持ったタブロイド誌というアウトラインは、読者に気持ち良い読書体験を提供する手助けを担っているということは明白だが、基本的にコンテンツはインタビューのみだ。

それでは、何がそこまで強烈なのか?

ここからは、今回お話を伺った『他人』の発行人であるマジで株式会社代表取締役の西井さん(名刺が分厚かった方の人)とアシスタントデザイナーの加藤さん(名刺が薄かった方の人)のお話を交えて進めていきたいと思う。
なお、今回の取材は、マジで株式会社が拠点としている名古屋で行わせていただいたが、共に名古屋を拠点としているフリーペーパー『屋上とそら』の堀江さんと岩井さんを交えたオープンな雑談形式で行われた。










左より、他人編集部・加藤さん、屋上とそら編集部・岩井さん、他人編集部・西井さん、屋上とそら編集部・堀江さん


僕は、『他人』を人に紹介する際によく《短編小説やあるいは哲学書を読んでいるようだ》と形容させていただいている。
vol.1でインタビューを受けていたおばあちゃんのインタビューには、生きること(生きてきたこと)の重みや、物語性が多分に含まれていた。生々しく、荒々しく、そしてどこまでもある種のエンターテイメントだった。
この部分を西井さんにお尋ねしたところ、「完全にノンフィクションですね。尺を削りはしますが、編集はほとんどしていません」という。これには、僕も堀江さんも驚いた。そんな都合良く良物件が落ちているものなのかと。更にアウトテイク的なものは特になく、一発一中だそう。
「やはりガチ凸の取材は断られる事が多かったんですが、そんな中、向こうの方から『私を撮って〜』と手を振って走ってきた人がいたんですね。それがvol.1のおばあちゃんです」という。



vol.2のおじいちゃんに関しては、公園の大きな桜の樹の下で2ℓのペットボトルにフル充塡された酒をラッパ飲みしていたところを捕獲されたそう。その光景に圧倒された西井さんと加藤さんがこの人しかいないと取材交渉に移ったという。
桜の樹の下には屍体が埋まっている代わりに、ペットボトルごと凍らせた酒をラッパ飲みし更にはその未知の飲み物らしき物体を人に薦めてくるおじいちゃんが仁王立ちしている、これが中村公園だ。…名古屋市、大丈夫だろうか…。
「酒と一緒に持っていたモツ煮(のようなもの)を薦められて、せっかくということで食べてみたのですが、、、(汗)」と加藤さん。
「あ、これか(笑)」と堀江さんが見るvol.2の裏表紙のおじいちゃんの足元には、緑色の何かが沈殿しているように見えるもつ煮(のようなもの)が確かに鎮座していた。

足元には割り箸が刺さったままのもつ煮(のようなもの)


取材は毎回壮絶を極めるそう。
「軽くインドに行って帰ってきたような感覚になります…」そう仰る他人編集部のお二方の苦笑いは、
苦9:笑1の比率で構成されていた。そして、名古屋市内に広がるインドからの帰路、ドライブのお供はいつだって重厚な疲労感だそう。
しかし、彼らの足はまた聖地巡礼の旅へと向かう。
一体何が彼らをそこまで掻き立てるのだろうか。

ここで、一旦遡り、そもそも何故このようなフリーペーパーを発行するに至ったのかという部分を伺ってみた。
元々バンドマンだったという西井さんは、その頃から自身の考えや思いを何かしらの形で表現していくことが自身の一部であったのだろう。
(マジで株式会社では、出勤してから哲学や宇宙の話をしていたらお昼になっていたというお話も…)

バンド解散後のある時期に、その矛先はまちづくりに向かっていったそう。
「5年ほど前にSYNCHRONICITY NAGOYAというまちづくりをテーマにしたコミュニティを立ち上げて活動していました。そこでは“街づくりとは人づくりだ”というコンセプトで人の自己実現をベースにいくつかのプロジェクトが立ち上がっておりまして、その中の一つがフリーペーパー他人でした。ライターになりたい夢を持ったメンバーと共に、その夢を少しでも実現するために何か形にしたいと立ち上げたのがきっかけです。」
始まったプロジェクトはその後頓挫してしまったそうだが、『他人』のプロジェクトは捨てきれず、ご自身が立ち上げた会社で引き継いだそうだ。



インタビューというものは、取材対象の話で成り立つもので、記事の書き方によって必ずしもそうでない場合もあるにせよ、基本的には取材対象が主体になっている。しかし、『他人』というフリーペーパーを初めて手にし読んだ時に《取材している側》の強烈な主体を感じたのだ。
このフリーペーパーの本編は100%インタビューのテキストで構成されている。すなわち、今僕が書いているこの記事のような構成ではない。本来ならその形式では《取材している側》というのはとても中立的で居て、無色なはずなのだが。
しかし、お話を伺っていくうちに何故《取材している側》が顔を覗かせるのか、そのカラクリが見えてきた。
それは、成り立ちのエピソードでお話してくださった「自己表現をベースとしたプロジェクト」という部分がその一つであると考えられるし、更にはこんなお話もしてくださった。
「ここに収められている事の全ては取材班の僕ら目線で行われているものであることに間違いありません。
フリーペーパー他人にとってのあかの他人は私達編集者や読者様となります。そういったことを哲学することで、人間と人間の境界線みたいなものを考えるひとつのきっかけが、このフリーペーパーと出会った人たちの“無意識”を刺激してくれたらとても嬉しいです。」



ふと気がつくと西井さんの横に座る加藤さんの口数が少なくなっていることに気がつく。
「さっきもつ煮の話をしたら、あの時の記憶が蘇ってきて、、、」と加藤さん。顔色がすぐれない。いや、すぐれないというよりも例のもつ煮(のようなもの)の緑色に近づいてきている気もする。おじいちゃんの求心力が如何程だったにせよ、朝起きたらもつ煮になっていました、なんて話は流石のカフカでさえも笑ってくれないだろうから、ここはひとつ加藤さんの無事を願って先に進めるとしよう。
そんな加藤さん、このインタビューの当日、西井さんよりも一足早く現地に到着していたので先行して少しお話を伺っていたのだが、実はvol.1の製作には関わっていなかったという。であるならば、社長(西井さん)の到着を待ってから色々お話を伺おうと逸る気持ちを一旦しまい込んだが、この部分こそが、『他人』の発行間隔が酷く空いてしまったという部分のお話に関連していく。
前の晩にそわそわして眠れずYouTubeを見過ぎて遅れた社長(西井さん)のお話によると、vol.1を製作し、順調にvol.2のインタビューを取り終えたが、その後にコアメンバーが抜けてしまってそれから『他人』の製作は鳴りを潜めてしまったという。それを救ったのが何を隠そう、もつ煮になりかけている加藤さんだったそう。
「加藤くんがやるって言ってくれて、『他人』がまた動いた感じですね」という西井さんはなんだかとても嬉しそうだった。
ちなみに世に出ているvol.2は加藤さんと全く新しくインタビューしたもので言わばvol.3、本来のvol.2はデータがどっか行ってしまったというこぼれ話もしてくださった。
そしてここで、『他人』の読者には一つ朗報を持ち帰ったので共有しておきたい。オフィシャルリリースのvol.3が近日中に発行されるのだ。そして、そのインタビューは既に録り終えているそう。その情報を耳に入れたのは、このインタビュー終盤のことで、すっかり「彼らのビジョンの今後がもっと見たい!」と思わされてしまった後の事だったので、僕らは尚更それを喜んだ。
そして、それは今までとは少し違う“チャレンジング”な内容になると言う。もちろん基本的なコンセプトは従来通りなのだが。
「今度のやつは色々な意味で読者が試されると思います」と不敵な言葉を残した西井さんは少し誇らしげであった。それだけでも今回の仕事がとても満足のいくものだったのだろうと想像に容易い。

“仕事”??
これって仕事なの??
そもそもフリーペーパーでしょ?広告入ってないんでしょ?お金どうしてるの?

フリーペーパーについてあまり詳しくないけどここまで読んでいただいた方(本当にありがとうございます!)はそろそろこういう類の話を欲しているのではないかと思う。
フリーペーパーは、日本語に訳すと無料誌だが、自由誌とも取れる。形・装幀はもちろん、発行に至る動機や発行元、流通の仕方、内容、全てにおいて定型は無い。「広告で成り立っているメディア」という認識が多くの人の中に根付いているのだろうが、それは解であり解でない。《あくまでそういうものもある》というくらいがいいところだろう。何度も言うが自由誌であるので、一つの定型に収まるものではないのだ。
では、そういうことならば、『他人』とは一体なんなのか?

結論から言わせていただくと、『他人』は一つのアートプロジェクトだという事だ。西井さんが持ち続ける内(自己)と外(他者)を徹底的に考察し哲学していくこと、そしてその先にある内と外との邂逅、さらにそこから創造される新しい内および外、循環、輪廻。インスタントな世の中では、他人とのコミュニケーションはおろか、SNSに夢中で自己との対話もままならない。そういった現代に対する西井さんなりの一つの表現が『他人』だったのではないだろうか。そしてこの仮説によって炙り出されたものの中で特に注目したい点は、アナログメディアである《紙》で表現することの明確な必然性だろう。

「紙が好きだから」
なぜWEBではなく紙なのか?という質問に対する回答として多くのフリーペーパー発行者さんが答えてきたものがこれだ。そして、これ以上清々しく美しいものはおそらく存在しないだろう。最高のセンテンスだ。
しかし、掘り下げていくと、好きだという感情の裏に隠れがちなそれぞれの《紙でなければいけない理由》が存在しているものなのだ。逆に言ってしまうと、この《紙でなければいけない理由》が存在しない紙メディアは結果として非常に弱くなってしまうことが多い。

西井さんは『他人』が、《紙でなければいけない理由》をこう語ってくれた。
「携帯する事にも適さない、置き場所にも困る、さらに大きな誌面に文字がぎっしりで読みづらい、持っていて邪魔になる、という特性を詰め込んだタブロイドサイズにしているところに、特にその理由があります。
人の人生を垣間みる、人に共感する、人の気持ちに寄り添う、自分以外の人、特にあかの他人に接触してコミュニケーションをとるという行為そのものが、現代ではとてもエネルギーを使う行為だと思うんです。
面倒だから本当はそんなことしたくないって普通だったら思ってしまうし、だからこそ楽な方へ、楽なコミュニケーションへと流されてしまいがちになる。
でも、その面倒を打ち破るほどの他者への愛情を持ってそこへ飛び来んだときに、逆に自分が満たされる感覚になるんです。
その体験、その感覚を少しでもこのフリーペーパー『他人』には宿したいという理由で、
自分以外の人に寄り添う“面倒臭さ”を“思うようにならなさ”を表現するには、この紙という媒体が一番適しているんです。
だから、フリーペーペー『他人』がある意味“便利”になってしまうと本質からズレてしまうのです。」

『他人』と(わざわざ)面と向きあう事でしか生まれようのないモノやコトが存在し、それを様々な人に感じて欲しい。そんな思いを文字通り体を張って収穫してくる戦士こと他人編集部。
そんな戦士たちの戦いの記録は、度々《読書会》という形でイベントに昇華されているという。しかもそれは、彼らが主催しているわけではなく、読者の皆さんが自発的に催しているという。
《インタビューに対する読書会》なんていうものを今まで聞いた事がなかったので、これには本当に驚いた。と同時にあってしかるべきだと思ったし、参加したいとさえ思った。
新刊が発行された際は、是非開催したいものだ。



ここまで、『他人』を取り巻く環境やこれまでの歩みを、伺ったお話を元に綴ってみたが、肝心の内容にはほとんど触れていない。
その点に関して、ここで語るのはあまりにも野暮であるし、やはり手に取って読んでみて欲しいと思うからだ。そして、読んだあなた自身が何を感じるかがとても重要なポイントなのだ。おそらく誌面に登場するおじいちゃん・おばあちゃんは《たまたま》そこに載っているのであり、もっと抽象的な概念のようなものなのだ。『他人』を前にし、『他人』の話を聞き入った先に何かを見るのか、はたまた何も見ないのか、あなた自身がその経験を大事にして欲しいと思う。

※フリーペーパー『他人』は、ONLY FREE PAPERでvol.1(残り僅か)、vol.2共に配布中。近日発行予定のvol.3ももちろん配布予定ですので、是非お手に取って見てください。



—ロケ地について—
今回のロケは、この夏オープン予定のHORIE BLDGで行われました。
記事内にもご登場いただいた屋上とそら主宰の堀江さんが新しく作るオープンスペース。
1階には喫茶店『RIVER』と当店『ONLY FREE PAPER』の名古屋店が入居し、2階はギャラリーなどに使用できるオープンスペースになります。3階には堀江さんも所属するデザイン事務所『RADICAL』の事務所。
そして、全館に渡り『NA』という名古屋初のブランドを展開していきます。
ロケーションは、名古屋のウェッサイ、名古屋駅西口から約5分。
正式な発表は、日程が決まり次第行います。乞うご期待下さい。



《お詫び》
のんびりとこちらの記事を書いている間に待望のvol.3が発行されました。
他人編集部が口を揃えて語ってくれた事が半分わかるようで、半分はどこか肩透かしを食らったような不思議な読後感を味わいながらこの文章を仕上げています。これが彼らのいう「読者が試される」という事なのでしょうか。
とはいえ、『他人』が持つ一筋縄ではいかない重厚感はそのままに、と言いますか更に増しているような気がします。
そして、今までで一番の配布率です。(品切れにより追加発注中入荷しました

何はともあれ、記事のリリースが遅れてしまったこと、お詫び申し上げます。


text・interview・photo 松江(ONLY FREE PAPER)


 

インタビュー #11 「と、」



洗練されたデザインにおしゃれなモデルさん、だけどどこか温かみのある表紙。ところで、四隅の「藤井大丸」ってなんだろう。

実はこの『と、』、京都の地場百貨店・藤井大丸が発行しているフリーペーパーなんです。
なぜ百貨店がカルチャー誌のようなフリーペーパーを?と疑問に思った人は私だけではないはず。

そもそも、コンテンツを配信するだけならWebだけでいいんじゃないの?なぜわざわざコストのかかる紙メディアを選ぶのか?百貨店以外のお店も色々掲載していますけど、本当に百貨店のフリーペーパーなんですか?

あふれ出る疑問。
謎が多すぎる百貨店フリーペーパーの正体を探るため、フリーペーパーが好きすぎて自分で作るだけでなくフリーペーパーの店にまで潜り込んでしまった私檜山が、株式会社藤井大丸 販売促進課課長 山田知絵さんへとお話を伺ってきました。

『と。』

京都の地場百貨店「藤井大丸」が発行しているタブロイド誌。若者からファミリー向けに、京都の空気感に合わせたハイセンスなライフスタイルを提案する。「BEAMS」や「STUDIOUS」など、百貨店ではちょっと珍しいショップ展開をする「藤井大丸」の個性的な空気感を誌面にうまく落とし込んでいる。カタログ誌的なタブロイドではなく、スタッフを主役にしてアイテムや店舗を紹介していく構成が特徴的。2015年春から年2回、半年ごとに発行されている。




●紙もいい、と思う理由は、現場で人と接する商売だから

山田:いきなりなんですけど、インタビューになぜ当社を選んでいただいたんですか?

檜山:百貨店がなぜ紙の読み物を発行しているのか、すごく疑問に思ったからです。どこの会社も今から自社メディアを作るとなると、WebやTwitterを選択肢にあげる会社が多いと思うんです。なのに、インターネット全盛のこの時代になぜ紙メディアで発信されているのかなと興味を持って。

山田:お!お目が高い!

檜山:大学広報誌とかならまだしも、手間のかかる割に直接的な反応が分かりにくいフリーペーパーをなぜビジネスのフィールドでわざわざ作っているのかなって。そう気になったのが最初に興味を持ったきっかけでしたね。
山田:まさにおっしゃる通りで、今の時代、情報を発信するチャネルってたくさんあるじゃないですか。SNSやWebニュースなど、無料で簡単に情報を流せますよね。それが主流の中で、あえての紙です。「あ、紙なんや」って思ってもらうのが一つなんで、そこ気づいてもらえたのは嬉しいですね。

檜山:私はその思惑にまんまとはまったわけですね。

山田:(笑)。もちろんプラットフォームとしてWebに各店舗の情報は載っているんです。そこからオンラインショップにつなげたりとか、そういうのはもちろんWebのフィールドでやっています。でも私はこの紙に特別な価値を感じているんです。
百貨店はお客様ありきの商売なので、お客様が当店に対して親近感を持って貰えれば嬉しいですよね。ご来店いただいた時に『と、』を持って帰ってもらって、暇な時に見てもらって。それでスタッフや藤井大丸に愛着を持って貰いたい…というのが、この『と、』を作っている狙いです。長期でのブランディングに繋がればなと。

檜山:あ~、やっぱり紙って長期的ですよね。

山田:そうですね。時間はかかると思っていますが、やっぱり紙もいいな、面白いなと思うんです。ネットは確かにすぐ文章を作れてすぐ拡散できますけど、消費のスピードも速いので。良くも悪くも瞬発的といいますか。

檜山:そこはちゃんと意図されていたんですね。

山田:そうなんですよ。なのでWEB化の話もありつつの、ひとまず紙でという形で。フリーペーパーって反響が分かりにくいメディアだと思うんですけど、前の号ありますか?とか、次いつ出ますか?というお問合せもちらほらいただくので、じわじわ定着はしているかなっていう印象です。

檜山:そうなんですね。最初にこのフリーペーパーを出そうと提案したのは山田さんだったんですか?

山田:はい。

檜山:ほんとですか?てっきり上の人に言われてやっているのかなと。

山田:違うんですよ。以前からこういうのがあったらいいなと思っていて。私は販売促進課という部署でこのようなチラシやポスターなどを作る立場にいるんですけど、以前は営業部でフロア単位でショップのマネジメントをしていたんです。
私が直接販売をするわけではないですが、ずっと現場にいたんです。3年前に今の部署に来て、タブロイドを作りたいという思いを形にさせてもらったという流れです。

檜山:もともとフリーペーパーには興味があったんですか?

山田:ありましたありました。色んなところに出向いて集めていましたね。

檜山:フリーペーパーと聞いて一般の人がイメージするのって、クーポン誌とかああいう類のものだと思うんです。そっちじゃなくて、ONLY FREE PAPERで置いているような文化的な側面が強いフリーペーパーの存在をご存知だったんですね。

山田:はい。今でいうZINEみたいなものですね。たぶん今私が学生だったらZINE作ってたやろな。自分で写真を貼りつけてカラーコピーして…そうやってチラシや写真集を作るのが昔から好きだったんです。
京都ってそういうのが好きな方が多いと思うんです。京都は芸術・美術系の大学や専門学校が多いので。まあ、東京も多いと思うんですけど、京都は密度が高いというか。なのでアートやカルチャーに敏感な方が多いと感じますね。

●京都における藤井大丸のキャラクター

山田:藤井大丸というのは、実は百貨店の「大丸」とは全然関係のない会社で、株式会社藤井大丸という会社なんです。京都で1店舗しかない地場の百貨店なんですよ。

檜山:すいません、そこまでは知りませんでした。てっきり大丸のグループ店なのかなと。

山田:京都の人だと大丸と藤井大丸が違うということを知ってくださっていると思うんですけど、外から来た人は関係あるんじゃないかと思う人は多いですね。大丸京都店さんも同じ通りにあるんですよ。髙島屋さんも大丸さんの反対方向にあって、「四条通り」というメインストリートにお店があります。
その中でうちは一番敷地面積も少ないし、入っているブランドも特殊と言いますか、大手百貨店さんとは違ったラインナップでやっている百貨店なんです。

檜山:創業150年近い老舗と伺いましたが、百貨店の形態でちょっと都会的なブランドやセレクトショップを入れるっていうのは、全国的にも藤井大丸さんが先駆け的な存在だったんですか?

山田:当時、差別化を図ることに注力してファッションビルのような新しさとトレンド感、百貨店のホスピタリティと安心感をMIXした形態は、当時は珍しかったと聞いています。

檜山:京都でアート的な文化が多いっていうとなんかうまくマッチするのかもしれませんね。

山田:そうですね。京都はファッション感度の高い方や、新しいものが好きな方が多いので。京都在住のライフスタイルにこだわりのあるファミリーや、オシャレな学生さんには昔から支持していただいています。

檜山:京都の土地柄に合った経営戦略なんですかね。同じ通りに百貨店がいくつも並んでいるとおっしゃっていましたが、大丸や髙島屋と比べて、藤井大丸はどういう位置づけなんですか?

山田:大阪までは入ってきているけど京都にはまだ無いブランドや、関西にもまだ入ってきていない面白いお店をいち早く出店したり、イベントを通じてお客様に提案している。また、ファッションに特化しているところが特徴ですかね。

●自分のカラーを貫く藤井大丸。そのキャラをコンパクトに表現したフリーペーパー

山田:よく商品を俯瞰で撮って、説明を書いて値段はいくらで…といったカタログがありますよね。それはそれで商品情報を欲しい人には良いと思いますし、キレイで見やすくていいと思うんですけど、何となく”うちらしくない”と感じたんですよ。

檜山:分かります。カタログ的なものって、ある意味安っぽくもなりますよね。

山田:そうなんです。本当は気合入れてブックみたいなものを作りたい気持ちはあるんですけど、なかなかうち一社でやっているとコストも合わなくて。ファンでいてくださる方に気軽にお届けできるペーパーを作りたいなって思った時に、タブロイドみたいなのがいいと思って。で、なおかつ読み物ベースの。
興味がない人にとっては分かりにくいと思うんですけど、それもいいかなと思っていて。よく見たら面白い事書いてあるなとか、この出ている人全員店先にいるんや!みたいなことをたくさん載せていて。
だから商品情報は分かりにくいかもしれませんし、紙質もあえてこういうのなので、発色もあまり良くないかと。

檜山:ちょっとくすんで見えますよね。

山田:今の”うちらしさ”、空気感を表現してみたという感じですね。この雰囲気が多くの方に伝わればいいなっていう。

檜山:すごい。普通はそこで多くの会社は消費者優先のマーケティングに走っちゃうと思うんですけど。

山田:そうですね。それももちろんやらないといけないんですけど、これに関してはキャンペーン情報を載せたり、クーポンを付けたり、プロのモデルさんに出てもらうなどはあえてしないですね。

檜山:でも載っている人すごくかっこいいですよね?

山田:そうなんですよ!かっこいい人、かわいい人が働いていて、個性的な人もたくさんいるので、そういう人たちに出てもらわない手はないなと思って。

檜山:そのブランドだけではなく、そこで働いている人自身がコンテンツですよね。

檜山:どんな企業でもそうだと思うんですけど、そこにある商品をただ「これ良いですよ」って見せているだけだと届かないですよね。

山田:はい。良いものはもうあふれているじゃないですか。発信の仕方もありすぎて、それが誰にどう届くか分からないので、おもしろみを感じてくれる人にじわじわ届けるイメージですね。

檜山:本当に、人をうまくコンテンツに落とし込んでいてうまいなあって思います。

山田:ありがとうございます(笑)。

「藤井大丸」で働くスタッフを切り口に、お店やアイテムを紹介している


●リターンはあるのか

檜山:このタブロイドを作ってて何か反響は感じられますか?

山田:これおもしろいですねって、お客様からお電話いただいたことがあります。作った人に伝えてくださいっていうお電話をわざわざいただけたのは嬉しかったですね。その時の方は近所にお住いの主婦の方だったんですけど。特別ひいきのブランドがあるわけではなく、たまたま入った時にこれが1階にあったから持って帰ってくださったそうです。読み進めるうちに『と、』に出ている人が実際に働いている人って気づいて。
それまでは若いスタッフが働いているなっていう印象だけだったのが、親近感がもてて、いろんな人がいろんな形で働いているんやなって愛着を持ったと。それと同時に藤井大丸というものに改めて興味を持ってくださって。他にもそういう反響はいくつかありますね。

檜山:商売も何でもそうだと思うんですけど、結局人と人とのやり取りじゃないですか。でも大きい店とか企業になっちゃうと、その人と人の間に「お客さん」と「店員」という壁ができてしまうと思うんです。でもこの『と、』は、そのお客さんと店員さんを繋ぐ役割なんだなって、読んでて思いました。

山田:ありがとうございます。

檜山:『と、』は、これを読んで、この人に会いたい、と次に繋げられる出口があるから、そのお客さんもそう言ってくださったのかもしれませんね。

山田:そうですね。実際来てもらっていますんでね。で、このお店ってちゃんと入ったことなかったな、っていうきっかけになれば。最終的にはスタッフとの会話や商品のお買い上げにつながって、ファンになっていただきたいです!
あとは、インナーになりますが、スタッフに向けて作っている側面もありますね。販売員って華やかに見えますが、意外と地味な仕事もしていて。裏で検品したり、段ボールかたしたり、接客以外にも色々しています。朝から晩まで立ち仕事で大変そうと思われているかもしれません。
そこでスタッフをモデルのように起用して、モデル使いだけではなくその人のパーソナルな部分にまで迫るようなお話だったり、その人のプロフィールだったりを載せたり。彼らをフィーチャーすることでモチベーションUPに繋がればなって思っています。また、読んだ方に素敵な仕事だと知ってもらいたいです。

檜山:これはモチベーション上がりますよ!

山田:そうだと嬉しいです。出てくださいと依頼をするときに「嫌です」って言われたことほとんどなくて。皆照れながらも出てくれるんです。ちょっと変わったリクエストも全部受けてくれるんで(笑)。出演するスタッフの選定基準としては、コンテンツが決まった段階で、単純に出てもらいたいと思う人に声をかけています。

檜山:それは山田さん自身が現場で色んなスタッフさんを見ていた経験を活かして?

山田:そうです。いつも売場巡回しながら、あのスタッフさんオシャレやな、美人さんだなとか(笑)。私だけではなく、フロアを担当している社員にも意見を貰って、あの人面白いよと。そういう情報をコンテンツに当て込んでいくんです。

檜山:なんか…マネージャーの鑑ですよね。そういうことをした山田さんにこそできるフリーペーパーというか。

山田:自分で言うのも何なんですけど、それはあると思います。売場を担当していなかったらスタッフさんを出すという発想は無かったかもしれません。この人たちを出したら面白いのにっていうのは根底にあったし。売場でスタッフと接していた期間が長かったからこそのフリーペーパーかもしれないです。

檜山:うちのお店にいらっしゃるお客さんも、結構「会社でフリーペーパーをつくることになったからどういう企画がいいんだろう」って来る人が多いんですよ。そういう人たちに伝えたいことってありますか?

山田:なんやろう…。私これに出ている人やものをほぼ全部把握しているんですよ。見たことないスタッフさんや、見たことない商品は無いんです。全部ちゃんと知っているから、リアリティがあるんですね。なので、なんですかね。愛着があるかどうかじゃないですかね。その人、コンテンツに。

檜山:自分自身でもフリーペーパーを作ってて思うんですけど、大体皆、どこで誰が今注目されているらしい、だからうちでも取り上げたいみたいな。でもその誰かっていうのは今まで自分たちが関わったことが無い人。面識のない人に興味を持って取材に行く編集部は多いと思うので、その姿勢は見習いたいです。

山田:私自身が素人だから良かったのかもしれませんね。

檜山:でもこれを作ってらっしゃるのはデザイン会社さんですよね?

山田:そうです。デザイナーさん、カメラマンさん、ディレクターさんはプロの方にお願いしています。

檜山:編集方針を決めているのは山田さんですよね?

山田:テーマを決める、コンテンツを決める、出演者を決める、ページのレイアウト割とか入り口から細かい部分まで打ち合わせさせていただいています。もちろん取材や撮影も全て同行します。

檜山:そうなると、藤井大丸側の制作スタッフは山田さんが主に、ということですか?

山田:いろんなスタッフの手を借りながら私中心にやらせてもらっています。

檜山:そうなんですね。ちょっとデザインについても気になったんですけど、どんな風にデザイナーさんに伝えているんですか?この独特の雰囲気を。

山田:全体のデザインに関してはほとんどお任せしています。うちの空気感を分かってくれているデザイナーさんに作ってもらっているんですよ。

デザイン会社(左)との打ち合わせ風景


●社内メディアとしての役割

檜山:『と、』vol.5の「イメージカラー」のページあるじゃないですか。これはスタッフさん同士お互い紹介し合っていますが、お店違いますよね?

山田:はい。

檜山:これはもともと知っていた…まあ知っていたからこれ言えるんでしょうけど、どういう感じで交流があるんですか?

山田:そんなに大きい館ではないので、この人たち仲いいなとかはなんとなく見えてるんですよね。

檜山:じゃあ、もともとスタッフ同士の交流は他店舗間でもあるけど、これを発行したことでスタッフに良い影響だったりとかも結構狙っているんですか?

山田:そこまで行けばいいですね。まだ出ていないスタッフに、うちも出たいとか、うちのショップも紹介してほしいみたいな声をちらほら聴いているのでありがたいです。

檜山:外に向けての冊子というだけじゃなく、スタッフの交流ツールの一つとして、社内メディアの役割もあるんですかね。そこも考えてらっしゃったんですか?

山田:そうなれば理想的ですね。

スタッフ同士がお互いを紹介し合う特集


●身内ノリすぎるのはさぶいかなって

檜山:気になったんですけど、藤井大丸の館内の情報だけじゃなくて全然関係ないお店や人とかも載っていますよね?

山田:そうなんです。

檜山:それはなぜですか?

山田:スタッフ出すフリーペーパーで気をつけなきゃいけないなと思ったのが、「身内ノリすぎる」ことだと思ったんです。これ、「出ている人と作っている人しかおもんないやん」みたいなのはちょっとさぶいかなって思って。
そういう時に、新しいお店の情報や時々商品のこともちゃんと書くようにするというか、そこの塩梅は気を付けようと思っていて。見ようによってはすごく偏っているじゃないですか。『と、』で紹介したご飯屋さんやスポットを参考にしたり、実際めぐってくださっている方もけっこう多いようで、役立ててとても嬉しいです。

山田:「人と、モノと、藤井大丸と、」って表紙に書いてありますが、『と、』って何にでもつなげられるじゃないですか。藤井大丸とお客さん、藤井大丸とブランド、とか。京都らしい情報も時々盛り込んでいるので、藤井大丸と京都、とか。どこにでもひもづけられるように。



檜山:もはや藤井大丸というメディアですよね。藤井大丸というメディアを通して京都を知る。京都のブランドや物の価値を伝えていく感じ。学生さんも多いっておっしゃっていましたけど、学生さんが京都に来て最初に行く百貨店が藤井大丸さんだと思うんです。藤井大丸を入り口にしていろんな京都のお店を知るみたいな。そんなメディアみたいな百貨店だなって思いました。

山田:きれいにまとめてもらえましたね(笑)。

檜山:藤井大丸側は山田さんが主に動かれていると思うんですけど、上司の人とかに何か言われたりしないんですか?

山田:最初これを作りたいですって企画書を出した時に、これはどこから出た話ですか?と最初に聞かれました。要は企画会社が持ってきて単におもしろそうだからやりたいと言っているのか、自発的に必要性を感じてテーマ性を持ってやるのか、というヒアリングでした。圧倒的に後者だったので、「やらせてください!」と。それで「じゃあやってみましょう」ということに。

檜山:なるほど、最初の時点で編集方針を分かってくれているから。

山田:そう。じゃあ一回やってみなさいとお許しをいただきました。vol.1を出していろんな世代の方におもしろいねと意見をいただいて、vol.2も出そうということで今に至ります。最初が不評だったら続いていなかったかもしれないですね。

檜山:数字目標を達成しようとするのも大切ですが、それだけの会社やサービスはいずれ淘汰されていくと思います…。それに加えて独自の嗅覚で選んだコンテンツを発信しているから、長く続いているのかもしれませんね。

最新号(vol.6)の撮影風景


檜山:普段の業務の中でこれを作るのはすごく大変なんじゃないかなと思っていたんですけど。

山田:いやー、フリーペーパーって私気軽に見て読み捨てていたこともあったんですけど、仕上げるまでにけっこう時間かかりますね。けどその苦労以上に得るものが多いです。
どの会社も広報や販売促進の担当者って、愛社精神が強い人が多いと思うんですよ。宣伝をする上で、その商品やブランドに詳しくないといけない。『と、』を作ることで社内により詳しくなっていますし、今の部署の仕事に活かせるツールとして、個人的にもスキルアップに繋がっていると思ってます。良いことしかないですね!





調べてみるとマーケティングの世界では、
読者にとって価値あるコンテンツを配信することで企業と人との間に関係性を築き、購買や集客に導く「コンテンツマーケティング」というビジネス手法が年々増加してきているそうです。『と、』も、お客さんとお店との関係性を築くという点ではそれに近いメディアなのかなと感じました。
紙メディアでタブロイドを作る理由は、現場で人と接する商売だから。また、藤井大丸の特徴をそのままコンパクトにまとめ、コミュニケーションツールの役割も持つ『と、』。現場を見てきた山田さんを主として作るフリーペーパーだからこそ、藤井大丸のカラーを伝えられる。
藤井大丸一筋で働かれてきた山田さんの思いが込められた『と、』の話を聞いて、私も将来そんな仕事をしたいな、と感じました。




《Information》
2018年3月23日より、『と、』最新号が藤井大丸館内各所・ONLY FREE PAPERなどで配布しています。
今回のテーマは【なみ】。
軒並み、街並み、人生の波、トレンドの波、、、など、藤井大丸で働くスタッフを主役に様々なコンテンツでお届けしています。
藤井大丸とゆかりのある京都で活躍する人を紹介する「京都のひと」では、イラストレーターとんぼせんせいとDJ YOTTUが登場!
ぜひ、お手に取ってご覧ください。





interview・text 檜山(ONLY FREE PAPER)
photo 檜山(ONLY FREE PAPER)、一部山田さん提供


2018-04-10 | Posted in OFP STAFF, インタビューNo Comments » 

 

インタビュー #10 「UNDIES ZINE」



ある日突然現れた、男性の下半身とパンツだらけのフリーペーパー。よくよく見ないと部位や体勢が分からないほどの至近距離から切り取った、男性の局部や臀部(パンツ付き)が次々と目に飛び込んできます。
誌面から漂うのは、柔らかな光を受け、思わず見とれてしまうほどの美しさと、性ではなく美を追い求めるが故のエロティックさ。男性の下着という存在に対してほとんど1mmも興味を持ったことのなかった女性でさえも、思いがけずこれらの写真から、全パンツの意味を考え、自分の“性”を見直してしまうような媒体です。
発行者である「UNDIES」というパンツユニットの男性二人組にお話を伺うべく、都内某所で待ち合わせ。インタビュー当日、私の目の前に座ったのは、「くつべら」という名の犬を被った人と、犬を気遣う髭が生えた中性的な人。そしてテーブルには、男性の局部がアップになった『UNDIES ZINE』と、撮影に使った実物のパンツ群が…。

『UNDIES ZINE』

メンズパンツをモチーフに、写真、イラスト、文章で表現する「メンズパンツ好きのためのマガジン」。パンツユニット「UNDIES」の二人が、モデル、撮影、執筆、デザイン、ほぼ全てを分担し制作している。撮影に使うパンツは全てモデル所有のもの。くつべら氏は約100着ものパンツを所有している。2016年創刊。

—パンツユニット「UNDIES」—
くつべら @9tubera
いぐちまなぶ @manabu_IGUCHI

●犬…???

野村:あれもこれも聞きたい…というフリーペーパーのことを伺いに来たのですが、お会いしたとたん、ますます気になることが増えてしまいました。まずは、なんで犬になっているのでしょうか?



くつべら:犬は3年前くらいからですね。僕より前に、すでに犬を被っている人たちがいまして、Twitterで見つけて僕も被るようになりました。これを被ってフェティッシュパーティー(※1)に行ったり、自分たちでイベントを企画したりしています。

野村:どういう人たちが集まって、主にどういうことをするパーティーなんですか?

くつべら:衣装の新作を発表しに来るみたいな人もいるし、ショーを楽しんだり、あとは交流ですね。基本的に社交場なので。写真を撮ってツイートし合う、みたいな。

野村:ファッションをほめ合うんですね。みんな男性ですか?

くつべら:いえいえ、女性もいますよ。男女問わず、30歳前後の人が多いかな。衣装にもお金がかかるので、20代後半くらいから実行力が出てくるというか…。30代後半から40代くらいになると、もうみなさんクオリティがすごいです。どんどん本格的な装備を揃えてきます。

野村:変身願望の具現化ということ?

くつべら:それはありますね。普段と全く違う自分になりたいという。だから、そういうところで顔見知りでも、みんな活動しているニックネームで呼び合っているので、本名は知らないんですよね。そういう風になりたい、そういう風に認識されたいっていう名前で呼んであげることが最大のリスペクトなので。僕のことはぜひ「くつべら」と呼んでください。



●パンツユニットUNDIESと『UNDIES ZINE』の誕生

野村:最初にUNDIES ZINEの表紙を見たときに、メンズ下着のブランドやメーカーの媒体かと思ったのですが、お二人ともやはりこういったファッションやアパレル関係のお仕事をされているのですか?

くつべら:全然違うんです。

いぐちまなぶ:オシャレとは無縁だからね。

くつべら:犬だしね。

野村:そうですか。確かに内容を見てみると、パンツというより下半身、それも局部や臀部をとても丁寧に愛を持って美しく扱っているという印象でした。そこにパンツが付属しているような。パンツに対する愛や身体に対する愛、美に対する愛…。とにかく「愛」というのを誌面からとても感じたのですが、お二人は恋人同士なんですか?



いぐちまなぶ:よく聞かれるよねーそれ。でも違うんです。そもそも犬だし。

くつべら:お互いにタイプと違うんですよね。

いぐちまなぶ:どんな関係だろうね。よく遊ぶよね。

くつべら:遊びの関係ですね。

野村:どういうきっかけでパンツのZINEを作ることになったのですか?

いぐちまなぶ:くつべらくんがパンツが大好きで、Twitterで自撮りしたパンツの画像を上げているのを見ていて、なんか変な子だなって思ってたんです。

くつべら:パンツの自撮りを上げるのは、くつべらアカウントを始めた5年前ぐらいから日課になっていたんですよね。

野村:パンツが好きで自撮りを…。

くつべら:それまでは田舎の実家暮らしだったので、ちょっときわどいパンツを買うのは郵便局に局留めにして取りに行ったり、こっそり楽しんでたんです。それが一人暮らしだと、何も憚ることなく好きに楽しめるということに気付いて。当時住んでいた家が朝の日差しがたくさん入る家で、朝撮ったらすごく絵になるんじゃないかと思って、自分で撮って投稿を始めたんですよね。

野村:なぜパンツだったんでしょう。何かきっかけがあってパンツに興味が向いたんですか?

くつべら:確か、ドン・キホーテの下着コーナーでセクシーなものを見かけたのが、最初のきっかけだったと思います。単純にすごく興味が湧いて。知り合いが見てるんじゃないか…とソワソワしながら購入したスリルと、実際に履いてみたときの気持ち良さ…。それが今に続いている気がします。あと、パンツだったら家族に隠れて洗ったり干したりできることとか、東京で一人暮らしするときにコンパクトにして持っていけるところもメリットでしたね。管理と手入れのしやすさですかね。




いぐちまなぶ:俺は当時、友だちや知り合いにモデルになってもらって写真を撮ったりしてたんですけど、くつべらくんの自撮りの写真をTwitterで何度も目にしていて、一眼レフで撮ってみたくなったんですよね。それでまず試しに撮ってみたら、パンツの形や生地によって、見せたい角度とか切り取りたいところが違うんだなという発見があって、いろいろ提案を出しながら撮っていきました。

野村:その時に撮ったものをベースに、UNDIES ZINEが出来上がったのですか?

いぐちまなぶ:フリーペーパーっていう話になったのは、その最初の撮影から1年後ぐらいかな。

くつべら:そうだね。なんか形にできるんじゃないかなって。僕はもともと、地元にいた頃はフライヤーとか紙ものを作っていたんです。東京に来てからは仕事でしかやっていなかったので悶々としていたというか。アウトプットしたかったんですよね。あと、まなぶさんの熱量。撮ってもらったら、「ここの生地のシワが…」とか「ここの盛り上がりが…」とかすごい熱弁してくれて。お互いに機が熟したというか、そういうタイミングだったんですね。



野村:創刊号から一貫して、とにかく写真が美しいですよね。表紙も毎号、興味をそそられるアングルと切り取り方で。

くつべら:表紙については、まなぶさんと相談して毎回自撮りでやらせてもらってるんです。

いぐちまなぶ:そこは俺も、くつべらくんの自撮りがいいと思っていて。彼がUNDIESのアイコンなんですよね。毎回テーマやアプローチを変えても、ベースのスタンダードなものはキープしていきたいんです。

くつべら:うん。

●人を繋いでいく、UNDIES流アプローチ

野村:第2号から、表紙で「メンズパンツ好きのための」と謳っていますが、メンズパンツ好きというのは、コミュニティがあったり、そういうシーンがあるんですか?

くつべら:あるのかな?

いぐちまなぶ:聞いたことない(笑)

くつべら:何となく興味本位で形にして「やりたいことをやった」っていう1号ができたときに、新宿二丁目にあるオカマルト(※2)に見せに行ったんです。フェティッシュイベントなどで面識のあった店主のマーガレットさんというドラァグ・クイーンの方が、「これまで見たことないし、面白そう」と言ってくれて、そのときにアドバイスもしてくれたんですよね。「手に取ってほしかったら、手に取ってもらうための工夫を考えなさい」と。

いぐちまなぶ:それで2号目からは表紙に一言入れたりして、パッと見て趣旨がわかるようにしました。

くつべら:そこで初めて、どういう人に手に取ってほしいんだろう、っていうのを考えましたね。男性だけでなく女性にも、性別問わず手にとってほしいですね。

いぐちまなぶ:俺は今は、女性に手に取ってほしいという意識が強いかも。一部の人だけでキャッキャするのも楽しいんですけど、もっと広い視点で見てもらいたいというか。



野村:メンズパンツがモチーフではありますが、メインテーマはやはり「性」という部分なのでしょうか。パンツと身体がとても美しく見える写真で、決して卑猥ではない、セクシャルなものをすごく感じます。品のあるいやらしさというか。

くつべら:その表現はすごい嬉しいです。

いぐちまなぶ:メンズの下着って、いやらしいものではないんですよね。ただの表面的なものでしかない。下品にならないようにしようっていうのは、創刊のときから今でも大事にしていることなんです。

くつべら:その感覚は二人ともとても近いよね。

いぐちまなぶ:性というものをあえて使っている、というところはあるかもね。ただ、それだけを見てほしいわけではないんです。



くつべら:見たこともないものを作りたい、っていう気持ちが大きいですね。印刷するならちゃんとしたクオリティのものにしたかったし、こだわって作りたかったんですよね。

野村:そのこだわりはZINEの配布場所にも現れていますか?

くつべら:そうですね。我々の行きつけのお店が多いんですけど、“Invitation”という配布MAPを作っています。純粋にこのMAPを拡げていくこともそうですし、これで人と場所や人と人を繋げていくということが、すごく面白いなと思っています。




いぐちまなぶ:「デパートメントH(※3)」という鴬谷で開催されているフェティッシュのイベントで告知コーナーがあって、その時にはこの“Invitation”だけを配っているんです。

くつべら:それは二人のこだわりです。絶対にZINEは配らない。

いぐちまなぶ:ZINEを置かせていただいてる場所が、自分たちが本当に好きなところなので、ぜひ足を運んでもらいたいんですよね。微力ながらZINEを使って、そういう面白い場所の紹介とか案内にも貢献できたらなと。

くつべら:それが、ZINEを置かせてもらうことに対してのお礼だと思っています。“Invitation”は、UNDIESのこの取り組みに対する「招待」っていうことなんです。

野村:それはすごく面白いアプローチですね。フリーペーパーまでのアクセスや、そこに起こる一連のムーブメントを含め自分たちの価値観を提示している。

くつべら:そう思います。だから僕たちが好きな、ZINEを置かせていただいているところっていうのは、こういうことを面白がってくれる人たちがいるようなところばかりなんですよね。

いぐちまなぶ:このMAPがもっと広がって、“Invitation”だけ持ってちょっとこっちも行ってみようよ、なんてなってくれたら嬉しいなと。

くつべら:最高だよね。

いぐちまなぶ:だから、ZINEの手渡しはしないんです。



●パンツから見えてくる、“人”

野村:くつべらさんの自撮りありきで始まったUNDIES ZINEですが、3号からは別のモデルも出てきますね。

くつべら:2号目までは自分たちも手探りで作ってきたのが、3号目からはやりたいことがはっきりしてきたんですよね。

いぐちまなぶ:あと、モデルも体型の違う人が出たりしたら、もっと幅広い楽しみ方ができるよねっていう話をある方からされて。それで3号4号とやってみて、誰がモデルになるかで、見え方がすごく変わるんだなと感じました。特に4号で自分がモデルをやってみて、パンツの選び方や見せ方で「自分らしい」ってこういうことだなと、すごく考えたんです。だからやっぱり、人それぞれのパンツ観っていうのがあるんだろうなと。

野村:人それぞれのパンツ観…!パンツは基本的にプライベートなものなので、そのパンツ観は本来は自分だけの楽しみなのかなと思うのですが、こうしてZINEにすることで、そのパンツ観を他人と共有することもできるんですね。



いぐちまなぶ:パンツってプライベートなものですけど、“完璧なプライベート”ではないと思うんですよ。完璧な、という意味でいくと、もう全裸なんですよね。パンツはその完全プライベートな部分を隠すためのものなので、パンツという存在自体はプライベートではあるけれどもパブリック寄りだと自分は思うんです。
あと、どんなパンツを履くかによって、気分が変わりますよね。たとえば「勝負パンツ」っていうのは、自分の気持ちを奮い立たせるために履くもので、履くパンツによって精神的にも少なからず左右されてるんですよね。だから、本当に好きなパンツを履いている自分っていうのは、やっぱり相当気持ちがいいんじゃないかな。



野村:お二人は、UNDIESというパンツユニットでショートムービーも作っていますね。ZINEも動画も一定のクオリティを保ちながらやるとなるとお金がかかると思うのですが、資金面はどうなっているんですか?

いぐちまなぶ:お腹を切っています。

くつべら:完全に。

野村:そこはそういう方針なんですね。

くつべら:誰かのお金でやっていると、その人のためになっちゃうから。自分たちがやりたくて、楽しんでやるのが第一なんです。無理のない範囲で楽しんでます。

いぐちまなぶ:こだわりは強いんですけど、遊びなんだよね。

くつべら:そう。遊びの関係なんです。

いぐちまなぶ:それは崩したくないよね。

野村:今後、紙と動画以外にやりたいことはありますか?

くつべら:いつかやりたいなっていうのが、展示です。二人展。

いぐちまなぶ:毎回、使えない写真がいっぱいあるんですよ。すごく良くてもテイストに合わなくて泣く泣く削ったりとか。文章や絵でもそういうのがあって、何もしないのももったいないなーと。

くつべら:展示以外にもアイデアはとにかくどんどん出てくるんです。ZINEのこのかたちはもちろん続けていきたいんですけど、もっとまるっとこの世界に入り込めるような場所を作って、関わってくれた人に感謝を伝えたいっていうのもありますね。いつもはこのZINEでやるんだけど、たまにテンション張って盛り上がるお祭りみたいなのをやりたいなと思ってます。

いぐちまなぶ:パフォーマンスとかもね。お祭り的なものはその時限りにはなりますけど、紙で見るのとはまた違った面白みのあるものができたらいいね。



●UNDIESの御用達

野村:最後に、おすすめのパンツショップやブランドを教えてください。

くつべら:MAPに載っているパラドッグ(※4)さんとか、今はもう店舗がないんですけど鎌倉のYipunMan(※5)さん。僕はこのYipunManのパンツががすごい好きなんです。肌触りが本当に気持ちいいし、生地の染色も落ち着いた色合いでいいんですよね。 あと、ユニクロも好きです。1号に載ってる中にユニクロのもありますね。

いぐちまなぶ:俺は、4号で履いてるやつなんですけど、ウンナナクール(※6)が、グラフィカルなのが多くて、柄がいいなと。基本的に女性の下着ブランドで、メンズもちょこっと作っているんです。作りが一般の男性下着と若干違うんですよね。ちなみに今日履いてるやつはね…。ジーンズのLeeが出してるパンツで、ジーンズみたいなんですよ。(立って前を開けて見せてくれました…)

(※1)フェティッシュパーティー:様々な性的嗜好を持つ人たちが、ラバースーツ、コスプレ、女装、SMなどのフェティッシュ・ファッションに身を包み集う。フェチにまつわるショーに興じたり、参加者同士が交流することを目的としたイベント。
(※2)オカマルト:新宿二丁目にある、LGBT関連の雑誌・書籍などを集めたブックカフェ。希少な資料も多数。
(※3)デパートメントH:東京キネマ倶楽部で毎月第一土曜日に開催されるフェティッシュパーティー。通称「デパH」。<参考>デパHとは? https://twitter.com/9tubera/status/905623159423905792
(※4)パラドッグ:原宿の男性下着専門店。ノーマルなものからかなりきわどいものまで、品揃え豊富。
(※5)YipunMan:鎌倉発のオリジナルアンダーウェアブランド。生地の染色から縫製まで、すべてこだわりの国内生産。
(※6)ウンナナクール:シンプルな形とカラフルな色使いが特徴の女性用下着ブランド。メンズアイテムもあり。

メンズパンツにこだわり自分たちの表現にこだわり続けるパンツユニットUNDIESは、終始息の合った会話で、お互いへのリスペクトを隠さない、とてもピースフルな人たちでした。
私はと言えば、人生でいちばん長い時間パンツについて考えたんじゃないか…そんな夜になりました。この先の人生では、もう少しパンツの存在を意識して、自分のためにお気に入りのパンツを探そうと思います。
後日、くつべら氏にメンズパンツのカテゴライズと選び方を教えていただきました。私のようにパンツを探しに行きたくなった方がいましたら、ぜひ参考にしてみてください!

また、現在『UNDIES ZINE vol.6』で紹介するお便りを募集中だそうです。メンズパンツにまつわる相談や質問にUNDIESのお二人が答えてくれますよ。

<UNDIESへのお便りはこちらから> https://docs.google.com/forms/d/1OO1wIHGeqeeSTT2T0xIZB3Dk3iclcBf0QgnVPg3ULp4/edit

<パンツ100着を所有する、くつべら氏のパンツの基準>
▼日常的
・ブリーフ
・トランクス
・ボクサーパンツ

▼非日常的
・ビキニ(Tバック/Yバック)
・スパッツ
・ジョックストラップ(Oバック/ケツ割れ)
・褌(六尺/黒猫)
・Iバック
・ノーパン
・その他

(くつべら)朝起きて、刺激が欲しいなーと思った時は、非日常的なものを選ぶことが多いです。ただ、非日常的なものばかり選んでいるとそれが日常になってしまうので、意識的に日常的なものを履く頻度を上げています。非日常ばかり選んでいると、日常的なものが非日常的に感じられて、その逆転現象もまた面白かったりしますよ。


text・interview 野村(ONLY FREE PAPER)
photo 松江・野村(ONLY FREE PAPER)
ロケ地:代々木カレー


2017-10-25 | Posted in OFP STAFF, インタビューNo Comments » 

 

インタビュー #9 「 手紙暮らし」



皆さん、最近手紙書いていますか?

僕は、20歳くらいの時に当時好きだった女の子に書いたのが最後だと思いますので、もうかれこれ10年以上も前のことになりますね。手紙って書いている本人の想いがすごく乗ってきやすいので、その後溢れでた感情により無事立派なストーカーが爆誕した記憶がありますけど。
まぁまぁ、ちょっと待ってください!この先、僕の季節はずれの怪異譚は一切出てこないので何卒このページを去らずに先を読み進めていただきたいのですが、、、
(とりなおして)今目の前にいない自分以外の誰かに言葉を届ける手段がシンプル且つ迅速になり、それと同時に重要な何かを介入させるための隙間さえも利便が踏み消してしまったように感じる今日この頃です。

各方面で見受けられるアナログへの立ち返り現象は、単なる懐古主義では済まされない何かを内包しているように思わずにはいられません。
そんな中、スマートフォンサラブレッド世代の高校生が手紙について書き綴るフリーペーパーがあるというのを耳に挟み、これは話を聞かないわけにはいかないと思い、発行者の江森みずほさん(上部写真左)と岸田カノさん(同右)に学校生活も忙しい中、時間を作っていただき、お話を伺いました。

『手紙暮らし』

手紙を書くことの楽しさ、文通をすることの魅力を伝えるフリーペーパー。創刊は2017年7月。「インターネットで探したり、知り合いを伝ったり」という配布先は全国にまたがるがほぼ配布終了状態。現在は11月に発行予定の第2号を製作中。
https://www.facebook.com/tegamigurashi/
instagram @tegamigurashi


・手紙暮らしの始まり

松江:まずは、二人の出会いを伺えますか?

江森:私たちは二人とも、海外の方と文通をしていて、そのもらった手紙とかの写真をInstagramで紹介しているんですけど、そこでフォローし合っている関係だったんです。

松江:じゃあ、Instagramを通じて二人は知り合ったんですね。

江森:はい、そうです。でも特別仲が良いということではなくフォローし合っている中の一人でした。

松江:そこからフリーペーパーを作るに至った経緯を伺えますか?

江森:私は、海外の方を中心に文通をしていて、どの手紙もすごく素敵でもらった時すごく嬉しくて、とてもワクワクするので、このワクワクをみんなに共有したいなと思っていたんです。でも文通ってそもそもやってみようという選択肢が(周りの人には)ないので、文通を始めるきっかけ作りみたいなものをどうにかして作りたくて、それはどんな形でもよかったんですけど。
そんなある時に高校生でフリーペーパーを作っている人に出会う機会があって、「フリーペーパーいいかも!フリーペーパーならできるかも!」って思ったんです。それで誰とやろうかと考えた時にInstagramで同じ高校生で文通してる子がいることを思い出してすぐにDMをして、「一緒にやってみない?」と誘ったらのってきてくれたので始めました。

松江:そんなDMが来た時、どういう思いでしたか?

岸田:みずほとは最初に少しコンタクトをとっただけで1年ほどは特にやりとりはなくてお互い写真に【いいね】しているだけだったんですけど、ある日突然DMが来てたので見たら面白そうな内容だったので「是非!」って返事しました。そのあとお互い予定を合わせて会いました。

松江:じゃあその時に初めて顔を合わせたんですね。

江森:はい、結構ドキドキしました(笑)。

松江:フリーペーパーというものに関して以前に何か知識やイメージって持ってましたか?

岸田:親が紙ものが好きなので、フリーペーパーが置いてあるレストランとかに行くと料理待っている間によくフリーペーパーラックから取って来て読んでいました。でもまさか作る側にまわるとは思っていませんでした。



・文通のきっかけ

松江:文通はいつからやってるんですか?

江森:今高校3年生なんですけど、中学3年生の終わりからやっていますね。

岸田:私は今高校2年生で、海外の方を文通を始めたのは中学3年の終わりくらいからですけど、日本人の友達とかとは小学生の頃からです。

松江:小学生から文通ですか!えっとそれはいわゆるペンパルのような?

岸田:いえ。引っ越したのがきっかけなんですが、引っ越した先に友達が手紙をくれたんです。もともと書いたりすることが好きだったのもありますし、時間もいっぱいあったので2日に1回くらい書いてましたね。

松江:インターネットを使えば海外の方ともすぐにコミュニケーションを取れると思いますが、あえて手紙というアナログな手段を使った理由はありますか?

江森:小さい頃に読んだ絵本の中に手紙が山積みになった絵があったんですね。それがずっと心に残っていて、何かわからないけど好きみたいな。あと切手シールみたいなもので遊ぶのも好きでした。中学生頃になって『私、手紙が好きかも』って自覚し始めて、色々手紙について調べていたら【ポストクロッシング】っていう世界中の人とハガキを交換するプロジェクトがあるんですけど、それを見つけて『じゃあやってみよう』と軽い気持ちで始めたらハマったというのですかね。

岸田:私は、とにかく紙を触っているのが好きで、手紙もそうだし本を読むのも好きだし、図書館に行って紙を触ったり匂いを嗅いだりペンを持ったり、そういう感覚全てが好きで、そこからお手紙交換とかに広がって、そういうものがどんどん日常の中に入って来たという感覚で、特別これだっていうものはないんですけど。

松江:Instagramを見せてもらったんですけど、色々な国の方とやり取りしていますよね。そもそも世界各国の方とどのように繋がるんですか?

江森:世界中に私たちと同じように文通専用のInstagramアカウントを持っている人がいて、それがあるとお互い(文通を)やっていることがわかるので「私ともやらない?」みたいなDMが来たり、こっちから送ったりみたいな感じで繋がります。結局文通もInstagramから始まります(笑)。

松江:めちゃめちゃ面白いですね、それ(笑)。



・文通にまつわるあれこれ

松江:文通相手を選ぶ基準ってあったりするんですか?

岸田:同世代が多いです、だいたい(自分の年齢と)プラスマイナス5歳くらい。

江森:みんなどこの国も同じくらいの年代で探している人がほとんどです。

松江:何人くらいの方とやり取りしているんですか?

江森:ほんとは30人くらいいるんですけど、海外だから時間かかったりお互い忙しかったりで、密にやっているのは10人にも満たないくらいです。あとの20人は思い出した時に出したりで年に数回とか。

岸田:私は20人くらいで、よくやり取りしている子で1ヶ月に1回とかですね。

松江:Instagramに並んでいる写真を見る限りでもすごい数の手紙がありますよね?

江森:最近は忙しくてお休みしてるんですけど、多い時で年間300-400通くらいやり取りしてましたね。ほぼ毎日届いていたので。

松江:400!??岸田さんも同じくらいですか?

岸田:私はもうちょっと少ないですけど、100通くらいです。

松江:それでも100かあ。それと、どれも写真が整然としててとても素敵ですよね。

江森:手紙って自分もそうですし、相手も私のために時間かけて書いて飾ってくれたものなので。家に山ほど手紙がありますけど一つ一つがとても重いです。そういう重さは大事にしたいと思って撮ってます。

岸田:「この封筒の柄にこの切手合わせたのかぁ」とか思いながら写真を撮っているとその時自分が感じているワクワク感とかがそこに残る感じがして、撮っていてとても楽しいので余裕ある時は結構力入れて撮ります(笑)。

江森:自分が送った手紙を相手が投稿してくれてるのを見た時にやっぱり嬉しいので。お互いに『届いたよ!』ってInstagramに載せるまでが文通(笑)。

松江:なるほど〜!!

江森:でもそれがすごくいいなーと思っていて。(デジタルとアナログが)共存している感じがまた魅力的だなーって思います。私もSNSとかすごく使いますし、助けてほしいくらいiphone依存症です(笑)。

岸田:よく「SNSとか嫌いなのでしょ〜」とか言われるんですけど、かなりの確率で携帯見てるし、今の社会で生きてるからどっちも好きだなーって思いますね。

松江:すごい学びがあるなーその辺の話。



松江:ちなみに文通相手は日本人の方もいるんですか?

江森:私は一人だけですね。それも友達で、面識のない人とはしていないです。

岸田:私は20%くらいです。

松江:それは、異文化交流とか英語力の向上とかが目的だったりするんですか?

江森:中学生の時に色んな国に海外旅行行ってみたいと思っていたんですけど、時間もお金もないから実際に行くことはできないんですけど、色んな国の人と文通することで世界旅行した気分になれて。(言葉のやり取りだけでなく)物とか届いたりすることもあるので。そのことは手紙にハマるきっかけになりましたね。聞いたことのないような国の人でもその人が書いたものが今ここにあるんだと思うと、なんか世界ってどこも近いなみたいな。そういう部分に感動があったので海外の人が多いです。

岸田:そもそも日本人の方で手紙のアカウントを持ってやっている人が海外の方に比べると本当に少なくて。Instagramで日本人の方の(手紙専用の)アカウントを探すっていう感覚があまりないです。

松江:へえ〜。そうなんですね。

岸田:手紙が届くと家族も毎回興味津々で、おじいちゃんおばあちゃんもすごい目を凝らしてアルファベット読み取って「おおこれはスイスからじゃないか」とか。もう体が若くないので実際に海外の色々なところに連れて行くのは無理なんですけど、手紙で繋がることでそういう行けない人を連れて行けるっていうのがあるかもねっていう話を母親としていました。

松江:確かに、facebookとかでも海外の方と繋がれますけど、現地の気分を味わうのは難しいですもんね。

江森:匂いとかも違うので。手に取って封を開けた時に「うあ!海外の匂いがする!」とか。



松江:ちなみに文通相手と実際会ったことはありますか?

江森:一回あります。でも英語喋れないから不安すぎて、学校の帰国子女の子を連れて行ったんですよ。そうしたら向こうも英語があまり喋れなくて、向こうが連れてきた英語が喋れる友達と私の(帰国子女の)友達が仲良くなっちゃって、なんか寂しいなって思った思い出があります(笑)。
10月にフランスから来る予定のペンパルがいるので、その時は帰国子女を連れて行かないで一人で頑張ろうかと思ってます。

松江:手紙にまつわるエピソードで、他に印象的なものって何かあったりしますか?

江森:鹿児島県に仲良くしてくれている方がいて、手紙のやり取りをしているというか、私が旅先からハガキを送ったりするんですけど、「いつもみずほに手紙を書こうと思うけど、なんて書いていいのかわからずやめちゃうんだよね」みたいなことを言っていて。その方はさつま揚げを製造されている方なんですけど、「これが僕なりの返事です。」ってたまにそのさつま揚げを送ってきてくれるんです。私はそれが彼からの手紙だと思っていて、手紙って別に紙でなければいけないとか文字が書いていなければいけないとか思ってなくて、もっと自由なものだと思うんですよ。だとすると手紙の定義ってなんだろと思っていて。それがなんなのか私も今探してる最中なんですが。それについては考えていきたいですね。

松江:手紙の定義かぁ。確かに面白いテーマですね。

江森:今後フリーペーパーでその辺りをやりたいと思ってます。

松江:特に海外の方と文通することで感じたりすることはあります?

岸田:日本人であることを強く認識したっていうのはあります。海外の方と関わることでその国の文化とは違うんだなって思いますし、そもそも【日本人】として見られているので。そういう世界の中にいると、やはり日本人として日本の文化に興味を持ってもらえると嬉しいし、全力で伝えたいと思います。

江森:世界に対して抵抗がなくなりましたね。例えば、アゼルバイジャンとかよくわからない国でも、そこには同じように高校生がいるし、同じような考えを持って、同じように可愛いものが好きだし、それでその人が書いたものがここにあるしみたいな。なんか繋がれない世界ってないなって思って。

松江:それがインターネットじゃないっていうのが面白いな〜。

江森:インターネットの方が逆に遠い気がします。

岸田:その子が選んだ紙や封筒で、その子が書いた字が届くことでそこでその子が生活して当たり前のようにその子が存在しているんだなってことを実感します。

松江:あ、生きてた!って?(笑)

江森・岸田:(笑)

岸田:ニュースとかで海外の情報とかが耳に入ってくるとその情報だけを意識してしまって、行ったこともないし特に考えもしないのに、自然とその情報が脳に刻まれてしまっている部分がすごくあるなっていうのを手紙を始めてから気づいて。この国の人はこうだとか、性格はどうだとか。手紙を書くって送る相手のことを考える行為でもあるので、もしかしたらそれ自体が世界平和に繋がるんじゃないかと思って(笑)。
だって、ペンパルがいる国で戦争が起こったら『◯◯ちゃん大丈夫かな』って考えるし、日本で地震があった時も「大丈夫?カノ」って連絡をくれて。

江森:テロとかあっても【世界のどこか】で起こっている出来事だったのが、誰かのことを考えることで人ごとじゃなくなったのが大きいですね。



松江:海外と日本の手紙文化の違いって何か感じますか?

岸田:郵便事情は国によって全然違いますね。日本の郵便が如何に早いかというのもだんだんわかってきました。ロシアと中国はのんびりで、なくなっちゃうこともたまにあります。それも含めて面白いなって思います。そういった時間を感じることで『手紙も旅をしているんだな』って感覚になります。

松江:手紙とメールとかLINEの違いついてはどうですか?

岸田:手紙が一番【空間がある】と思っていて。封を開けた時に、自分と相手とそしてそこに書かれている内容、その世界がそこに詰まっていて。LINEとかは日常の続きというか。特別な空間はそこにはないっていう認識があります。

江森:フリーペーパー作り始めてから思ったんですけど、手紙って感情を保存できるなーって思っていて。嬉しいこととかムカついたこととか心動くことがあった時に、例えば『来週話そう』だと来週にはもう冷めちゃってると思うんですよ。LINEでその時送っても来週見返したらそれはそれで冷めちゃってる。でも手紙だと、書いているその時の感情が紙に保存されてると思っていて。だから時が経って自分の感情は更新されても、その読んだ先でまた感情が蘇るというか。SNSではそういうのはないと思います。

松江:時差で感情が届く!

江森:はい。お互いの時間の中で感情を共有できるなと思います。あと、周りの友達が言ってた事なのですがtwitterやLINEがあるからこそ手紙っていうものが特別に感じる、だから好きって。



・再びフリーペーパーのお話

松江:こう言っては失礼かもしれませんが、すごく良く作られていて、デザインとかも可愛いし、そして1000部も刷っていると伺いましたが、まずお金の工面はどうしているんですか?

江森:調べたら1000部なら5万円でできるっていうのがわかって、結局そんなかからなかったんですけど。それなら2人で折半したらバイトとかすれば特別賄えない額でもないかなと思って。それに趣味の延長なので、それなら払ってもいいかなと思って。
1号目を出した時に個人協賛を募ったんですけど、それとは別に企業協賛もいくつかいただけて、そのおかげで2号目は今の所なんとかなりそうです。

松江:じゃあ、1号目は完全に自腹ですか??

江森:1号目に掲載させていただいた切手展の広告費とあとは自腹ですね。

松江:紙面もそうですけど、個人協賛を募っているところとか、その募集の文面とか全ての道筋においてすごくきちんとしているので、正直『これ絶対後ろに大人いるな』って思ってたんですよ。

江森・岸田:(笑)

松江:じゃあデザインとかレイアウトも全部自分たちで?

岸田:二人で「こういうのいんじゃない?」というのを言い合って「こういうのいんじゃない?」の重なり合いで出来ていきました。

松江:どうやって作っているんですか?イラストレーターとかですか?

江森:ほとんどパワーポイントとかキーノートとかですね。イラストレーターは高くて買えないので、学校のPCに入ってるやつをたまに借りたくらいです。

松江:まじかー。え、じゃあこういうのも(シンプルだけど立派な名刺を始めにいただきました。)全部自分たちで?

岸田:それは名刺を頼める一番安いところを探して作りました。最近、名刺作っといてよかったなと思います。色々な方と会う機会があって大人の方は皆さん名刺持っていらっしゃるので(笑)。

江森:自分たちの気持ちをあげるためにも形から入ったみたいなところもあります。



・手紙暮らしと周りの人たち、そして今後

松江:親御さんはこういう活動をどう見てます?

江森:温かく見守ってくれています。お金の部分でも少し協力してくれてたりしますが、協賛であれ知り合いの方からお金をもらうのはよく思っていないみたいで。知り合いの方とかにフリーペーパーをあげる時に「あ、あの協賛を募る紙抜いといたよ」とか言われました(笑)。

松江:(笑)

江森:「なんかいやらしいじゃん」とか言って(笑)。

岸田:始めた時に、「あんまり大きくしない方がいいよ」とは親に言われました。「盛り上がりすぎないようにしなさい」って。

松江:このインタビュー大丈夫ですか?(汗)

江森:大丈夫です。ありがたいです。

岸田:でも最近は「インタビュー行ったよー」とかそういう話を(親に)すると「素晴らしいね!」みたいな感じでだんだん理解してくれるようになりました。最近は(自分が)調子に乗らないように気をつけてます(笑)。

一同:(爆笑)

松江:調子に乗ってるフシがあるんですか?(笑)

岸田:いや、なんかウキウキしてきて、あー調子に乗ってるなーって(笑)。
何でもそうですけど、今ある状況を当たり前だと思わないようにしたいなとは思ってます。

江森:こうやって話聞きたいって言ってくださることを光栄に思って。

松江:偉いなぁ。。。

松江:じゃあ今は自分たちが【手紙暮らし】というメディアを作っていることに自覚を持ってやっていると?

江森:やっぱり作ってても人の手に渡るまで実感が湧かなかったんですけど、今は、感想を言ってくださったりとか、応援してますって言ってくださったりとか、そういうリアクションが返ってきて、こうやって本当に人に読まれるんだってジワジワと実感してます。ウキウキしちゃいますね(笑)。

松江:周りの友達の反応はどうですか?

江森:フリーペーパーについては、学校の友達は本当に応援してくれていて、読みたいと言ってくれるし、感想をくれるし、時にはクラスのみんなが作業を手伝ってくれたりもするのでとても感謝しています(笑)。
実際文通を始めるに至る人はまだ少ないですねけどね。

松江:いいねー、、、終わりみたいな?(笑)

江森:はい。でも、フリーペーパーを読んでくれてその後に手紙で返してくれたり、そのまま文通少し始めたり、私が手紙を楽しんでいる姿を見て「私も誰々に手紙書いてみたよ」とか言ってくれる人も出てきていて。私がきっかけで一通の手紙が生まれたらすごい幸せだなって思います。

松江:もっと大きくしたい願望はありますか?

江森:ありますね。というか、元々の思いが【もっと手紙のことを知ってほしい】というところなので、多くの方に読んでもらえるのはすごい嬉しいんですけど、今は【手紙好きの方】の中で広まっている気がしていて、(手紙が興味ない方も)手紙暮らしを読んで、『ああ、手紙っていいな』って思ってもらいたいので、そういう意味ではもっともっと広がるようはしたいです。

松江:やりたいと思うことと実際やることの間にはとても大きな壁があると思うのですが、実際に形にしたそして今後もやっていくモチベーションってなんですか?

江森:『手紙いいねー』で終わっちゃって、始めない人がいることがモチベーションですね。じゃあそういう彼らを始めさせるにはどうしたらいいんだろうっていう。
第2号では、じゃあ実際文通相手を見つけるにはどうしたらいいのかとかそういうことを具体的にやろうと思っているんですけど。前の号で伝わっていないことがあるならそれが次の号のモチベーションになります。

松江:フリーペーパー製作は一人でもできるといえばできるじゃないですか。岸田さんを誘ったのは自分のモチベーションをあげるという意味合いもあったんですか?

江森:それもありますし、好きなものが同じ人と喋ることで一人では思いつかない新しい発見とかもあって、感情を共有できるのが大きいですね。

岸田:手紙をやり取りして、写真撮って、Instagramにあげてというのは楽しいんですけどそれはどちらかというと、一人の価値で完結していることで、今までの自分は、それを共有しようとかあまり思っていなくて、まあ手紙好きな人もいればそうじゃない人もいるだろうし、みたいに思っているところがあったんです。でもフリーペーパー作りを始めてから、自分とは違う感覚を持っている人の意見や想いを知る機会を多く持たせていただいて、自分の世界も広がっていったり、視野が広くなっていくことをひしひしと感じているので、フリーペーパー作りに誘ってくれたみずほにも、手紙暮らしを作るにあたって関わってくれた方々にも、すごく感謝しています。あと、インタビューとかの時に二人だとすごく心強いです(笑)。

江森:(うんうん。とうなづく。)

松江:学校があって、部活もあって、という中でフリーペーパーを作るのは大変じゃないですか?

江森:大変ですね(笑)。

松江:フリーペーパー作りってそもそも別にやらなくてもいいことじゃないですか?忙しい中で、それでもやるっていうパワーはすごいですね。

江森:確かにやらなくても高校卒業できるし、学校生活も毎日楽しいし、満足してるんですけど、嬉しいことがあるとやっててよかったなって思いますし、世界もすごく広がりますし、、、

松江:世界が平和にもなるし。

江森・岸田:(笑)

松江:めちゃめちゃ素晴らしいことづくしじゃないですか!これから進学のことで色々忙しくなったり、そのあとは大学生になったりでどんどん環境は変わっていくと思いますが、ぜひ続けてほしいですね。



立派なフリーペーパーを作る高校生たちは、おそらく同じ年代の彼らとほとんど何も変わらない、等身大の2人組でした。
ただ(今回のインタビューで知る限りでは)一つだけ違うものを持っていて、それは手紙への大きな愛という何者にも代えがたいものでした。
手紙を取り巻く環境は大きく変化しましたが、その本質は何も変わらず、変わってしまったのは僕らなのかもしれない。アナログとデジタルを、そうすることが当たり前というように使いこなす彼女たちのお話を聞いているとそんなことを深く考えさせられました。
今日僕は早速ペンを取り、誰に書くのかそもそも誰かに向けて書くのか、そんなことは考えずにただただ思ったことを紙に記しています。
皆さんも、どうですか?
喧騒の中で慌ただしく日々を過ごすのも悪くありませんが、フッと一息ついて久しぶりに手紙など書いてみませんか?


interview・text 松江(ONLY FREE PAPER)
photo 野村(ONLY FREE PAPER)


2017-10-09 | Posted in OFP STAFF, インタビューNo Comments » 

 

インタビュー #8 「 ORB」



目というものは時に炎に焼かれ、時に矢に射抜かれ、時にクジラが直立する。これには憐憫の情さえ覚える。
しかし、目は時に口にもなり、鼻にもなるのだ。僕は、『ORB』というフリーペーパーを見た時に間違いなく、海外のZINEが持つあの【匂い】を嗅いだのだった。そしてどうやらそれは、英語と日本語からなるバイリンガルフリーペーパーであるという部分から放たれている訳ではなさそうだった。さらに、純度30%ほどのノスタルジーが僕に覆いかぶさってきた。
無性に気になったそのフリーペーパーをよく読んでみるとどうやら小笠原諸島について書かれているフリーペーパーであることがわかった。気になったものが身になる間も無く、さらなる好奇心がそびえ立ってしまったのだった。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

父島より船で24時間。たまたま発行者のルディ・スフォルツァさんが内地に来ているという情報を聞きつけ、早速お話を伺うことにしました。
なお、本文中の【東京】という表現はすなわち本土の東京を指しております。小笠原諸島も東京都ではございますが、便宜上今回はこのような表現で統一しておりますことご了承ください。

『ORB』

観光ガイドには書かれない、小笠原に住むヒトやモノ、文化や歴史を発信するフリーペーパー。創刊は2016年。おおよそ年2回の発行予定で、現在は2号まで発行されている。
https://www.facebook.com/boninislandorb/




・『ORB』を作り出すヒト、マチ

フリーペーパー、特に印象深いものには必ず物語があります。今回はひと際その点が気になってしまったので、フリーペーパーのお話を伺うより前に、発行者さんやそのバックグラウンドについてじっくり伺ってみました。

松江:スフォルツァさんのことについてざっくり伺ってもよろしいでしょうか?

スフォルツァ:生まれは東京です。父親がイタリア人なので以前は毎年夏にイタリアに滞在していたりしましたが、生活のほとんどは東京ですね。高校はスイスの学校に通っていました。高校卒業後は、東京の大学に通いながら仕事を転々としていました。いろんな会社で働きましたが主に日本語と英語を活かした内容の仕事が多かったです。その後、段々と東京から離れたいと思うようになり、以前より興味のあった小笠原に旅行として行きました。その後紆余曲折あって小笠原への移住を決断し、今年で小笠原歴5年になります。現在の仕事はフリーランスで日英翻訳しているのと、島の子供達や大人向けに英会話レッスンをしています。

松江:なぜ小笠原に興味があったのですか?

スフォルツァ:島という場所に興味があり、その中でも最も遠い所にある小笠原には何か惹かれるものを感じました。最初に旅行で小笠原に行こうと思った段階では島への移住は具体的に考えてはいませんでした。

松江:行ってみてどうでしたか?

スフォルツァ:当時色々な仕事をしてきてましたが中々うまくいかず、常に自分自身がしたい事を探していました。しかし、それが何かは分からなかったんですね。そうしているうちに次第に『自分が何をして生きたいか』ではなく、『どのような場所で生きたいか』というふうに考えるようになりました。そういった心境でいた自分にとって、とても印象深かった小笠原への旅は「あれ?ここに住むのアリなのでは?」という気持ちにさせてくれました。

松江:それは具体的にどのような点でしたか?

スフォルツァ:自然の環境がとにかく美しいという点もありましたが、それに加えて島に住んでいる人達の人柄の良さが大きかったです。出会った人たちは皆とてもおおらかで、島全体がとてつもなく平和だなと感じました。事件なんてほぼ起きません。家の鍵は基本開けっ放しで、車の鍵もロックしません。子供が一人で夜中に歩いていても何の心配もありません。こんなに自然が美しく、そして安全な人間コミュニティーは他にないと思い、ここなら生きるために自分のするべきことを見つけられるかなと感じました。

松江:最初に小笠原に行かれてから移住するまではどのくらいかかりましたか?

スフォルツァ:3-4年ですね。移住するまでには3回行きました。最初の旅行から今の妻(当時は未婚)と一緒に行っていたのですが、予想に反して彼女も(小笠原への移住に対して)乗り気だったんです。彼女も街出身なのでその反応は意外でしたね。

松江:実際移住される際に何が一番大変でしたか?

スフォルツァ:まず大変なのが家を探すことなんです。基本的に空き家がほとんどないんですよ。オーナーや大家さんの口コミで決まってしまうため全然情報が入ってこないんです。そもそも戸数が少ないですし。

松江:島全体として移住者を積極的に誘致しているということもないのですか?

スフォルツァ:積極的か言われればそうではありませんね。地方創生みたいな動きは特に見受けられません。ただ若い人はいっぱいきます。永住というわけではありませんが、短期で働いてお金貯めて、でまたどこかに行くみたいな。だから入れ替わりは激しいですね。1-3年くらい島にいたっていう人は割と多いと思いますよ。



松江:第1号の後記に「小笠原ほど様々な魅力と特殊性を持った場所は世界にも多くありません」という記述がありますが、どのあたりにそれを感じますか?

スフォルツァ:一つは歴史的背景。小笠原諸島は元々欧米人やポリネシア系の人々が定住していました。正式に日本となってから日本人も一緒に暮らすようになり、独自の言葉や文化が形成され始めました。今ではその文化的特徴は薄くなってきましたが、まだ残っているものもあります。ただ、これらの出来事はわずか200年弱前に始まったことですので、小笠原の歴史は若く、まだ始まったばかりとも言えます。
また、個人的に大きな特徴だと思うのは距離感ですね。小笠原諸島は東京から1000km離れていますが、たどり着くのに24時間かかります。この時間的距離は自分達の住む国や社会に対する客観的な視点を与えてくれます。おかげで同じ日本に暮らしていても、この国や社会に対する考え方は少し変わってきます。目まぐるしく変化し、混沌としてきた現代に生きる上でこのような視点を持てるというのは非常に貴重で重要なことだと思います。
あと、人間の住む場所と自然との距離感がとても近いです。海はどこに住んでいても数分以内にあるし、山や森に入りたければ同じような距離にある。このように、島の中と外の世界をとりまく距離感が絶妙だと思います。
もちろん自然環境に目を向けないわけにもいきません。小笠原の島々っていうのは一度も大陸と陸続きになったことがなく、独自の生態系を形成しています。そのため小笠原にしか存在しない植物や生き物が数多くあります。その特殊性はやはり魅力です。世界自然遺産でもある小笠原の自然は世界でここにしかありません。

松江:まだ残っている独自の文化を感じたことはありますか?

スフォルツァ:米軍統治時代に建てられた建物もまだ多少ですが残っていますし、日本語と英語が混じり合ったような小笠原言葉っていうのはご年配の方がたまに使っているのを耳にします。

松江:小笠原言葉??気になります(笑)。

スフォルツァ:例えば、、、車のバックを見るときにこうやってやりながら(手でバックするジェスチャー)「ゴーヘイ、ゴーヘイ」って言ってるんですよ。のちに知ったんですがGo ahead(この場合の意訳としては『下がってきていいよ』)が訛って「ゴーヘイ」になったみたいです。そういう英語が砕けて日本語になるみたいなものは割と多くあります。

松江:暮らしやすさについては東京と比べてどうですか?例えば気候だったり。

スフォルツァ:東京みたいなはっきりとした寒暖の変化はありませんね。内地とは違うものですが植物の栄枯で四季を感じることもできます。あと《色》ですね。

松江:色?ですか?

スフォルツァ:空や海の色ですが、春が終わりに近づき夏っぽくなってくると一気に小笠原の夏の海の色に変わるんですね。信じられないくらいの透明度が出てきて、ちょっと沖に出ると青が物凄く深いんですね。その色は特殊ですね。小笠原ではそれを『Bonin Blue』っていうんですけど。それはもうここにしかないです。
夕日もすごく綺麗なんですが、秋の夕日と冬の夕日はやはり明らかに違うので、そういうもので四季を感じることもできます。


誌面には美しい写真がたくさん掲載されている


松江:食べ物はどうですか?【小笠原に来たらこれ!TOP5】お願いできますか?

スフォルツァ:

・ウミガメ料理(ほとんどのお店にあります)
・島寿司(主に漬けのサワラのにぎり)
・トマト(まずはそのまま食べるべし)
・レモン(そのままでも食べれるくらい甘い)
・ボニンアイランドコーヒー(USKコーヒーというカフェで飲めます)
※順不同

ですかね(笑)。

松江:ウミガメ!!???食べていいんでしたっけ??

スフォルツァ:はい。小笠原の伝統的な郷土料理です。だいたい刺身か煮込みでいただきます。

松江:刺身、、、。美味しいですか?

スフォルツァ:、、、(笑)。個人的には食べても食べなくてもいいという感じですね。

松江:でもウミガメを食べるということ一つとってもやはり独自の文化や歴史を辿ってきていること実感しますね。先ほど距離のお話もありましたが、小笠原の新鮮で地に足のついた情報がこちらに中々入ってこない理由がだいぶわかってきました。

スフォルツァ:島には娯楽施設がないこともあり、年間通して島民が参加する行事なんかも多く、どのイベントも大人から子供まで多くの人が参加して、みんな全力で楽しみます。そこも小笠原のとても良いところです。例えば夏の盆踊りは三日間続き、だんだん人が増えて踊りの輪は二重にもなり、最終日の最後の踊りの後は必ずアンコールがおきます。自分も旅行で訪れたときこれを目の当たりにして、「なんて平和なんだろう、、!」と思わず踊ってしまったのを憶えています。
秋にも例大祭があり、三日間の間に神輿担ぎや、相撲大会、演芸大会が行われます。1日かけて村を回る神輿担ぎの熱気もすごいですが、相撲大会も観客席に収まりきらないくらいに人が集まって盛り上がります。小笠原の相撲大会ということで、父島、母島、そして硫黄島に駐在している自衛隊員の方々もこの時期に合わせて来島し、参加します。いつも決勝に残る人達は素人とは思えない技と迫力です。その中でも硫黄島の自衛隊の人達は体を鍛えているだけあり手強く、この一戦は観客も注目の大一番です。どうしても ホームである父島や母島の出場者への応援の方が勝るので、いつも自衛隊の人達がヒールみたいになります(笑)。でも終わるとどちらが勝ってもみんな拍手で称え合う暖かい雰囲気がいつも印象的ですね。島民も自衛隊員に負けず劣らずの強さを発揮し、最近の大会では父島島民が続けて優勝しています。今年は誰が勝つのか、楽しみです。



・古き良きものを継承し、咀嚼し、更新する

紆余曲折を経て、東京から1000kmの孤島に移住することになったスフォルツァさんとフリーペーパーを結んだものは何なのか。生き方に迷っていたスフォルツァさんが何故メディアを作ったのか、伺いました。

松江:そもそもフリーペーパーを作り始めたきっかけは?

スフォルツァ:島に来て、この島の中で何かを見つけたいなと思っていました。自分自身の問題としても。そんな中で、第一号にも載っている『グリーンペペ』っていうお店に行った時にそのお店のマスターが40年以上も前に仲間と一緒に今でいうローカルメディアを発行していたというのを知って、それを見た時に「あ、これだ!」って思いましたね。それは、自分たちが言いたいことや興味のあることをただ書き連ねて発行していたものなのですが、自分もこういうことがやりたいなーっていうのは以前からぼんやりと思っていたので、最初はもうこれを手本に、島民の声をかき集めてそれを発行するというところから企画を始めました。

松江:その40年前に発行されていたというのが『スコール』なんですけど、これめちゃくちゃすごいですよね!!ORBの紙面上で解読できる部分は読みましたけど、現代にも通じる内容が書かれていたり現代社会を示唆しているように読み取れる部分などもあって。便利になったとはいえ、人間は欲深いので結局同じ悩みを抱えてるなーって(笑)。
でこれ、紙媒体だからこそ今こうやって読むことができていると思うんですよね、もちろん当時はインターネットなかったので選択肢としてないわけですけど、現代に置き換えてもそう思います。

スフォルツァ:そうですね。自分も読んだ時に同じようなことを感じましたね「今と言ってること同じじゃん」って(笑)。

松江:原本は『グリーンぺぺ』のマスターが今でもお持ちになられているのですか?

スフォルツァ:はい。これは絶対記録しなきゃいけないなということで、データに起こして書籍という形にできたらいいなとは思っています。

『ORB』の原点となった『スコール』掲載ページ


松江:好きなフリーペーパーとか影響受けたフリーペーパーとかありますか?

スフォルツァ:『88』っていうフリーペーパーですね。フリーペーパーを企画する前にたまたま島の知り合いにもらいました。初めてちゃんとフリーペーパーというものに目を通し、自分のフリーペーパーの《あるべき感じ》みたいなイメージのベースになったと思います。紙質や大きさがフリーの雑誌であるという感覚に当てはまっていて、それでも中身の作りはしっかりしていてデザインがかっこいい。フリーであるという感覚を大事に表現しつつ、このように質の高いものがあるんだと感激しました。
その後、フリーペーパーを作ろうと決めたとき真っ先に思い浮かんだのが『88』でした。雑誌の形や紙を選ぶのに参考にしようと思い、いろいろ調べました。ただ、島にいながらだと実際に印刷屋に足を運んで紙質を確かめたりもできないので、すみませんと思いながら同じ印刷会社様に問い合わせて、最終的に同じ紙と判型がいいと思い、依頼しました。そして仕上がりを手に取ったとき、正解だったと思いました。自然との暮らしを大事にしようとしている小笠原諸島のフリーペーパーの感覚としてピッタリだなと。なので『88』には非常に感謝しています。

フリーペーパー『88』(奥)と『88』の元編集長菊地さんが現在発行している『DEAL』(手前)


・『ORB』が見据える先

作りたいものを作るということは大切なことであるが、読者をしっかり想定することもやはり大切であります。このフリーペーパーが小笠原やその島民にとってどのように解釈され、またそれはどのような役割を果たしていくのか。

松江:『ORB』という冊子はそもそも島民の方々に向けられているメディアなのですか?

スフォルツァ:まずは島民が楽しんで読めるものであることが『ORB』の基本的な姿勢です。しかしそれは同時に小笠原には住んでいないけど小笠原のことが好き、または惹かれているという人たちにとっても興味深い内容になっていると思います。小笠原の観光情報は近年増えましたが、小笠原の人やライフスタイルについて伺えるものはありません。『ORB』はそのような小笠原の本質的な部分を島民の目を通して写す役割を持っています。ORB(球体)の名前も、小笠原の核心的なものを覗ける《目》という意味があります。そういう小笠原の島と人の人生みたいなものを覗くことによって、小笠原の知らなかった側面に気づき、旅しにいってみよう、もしくは移住してみようと感じてもらえたら最高です。
また、日本語と英語が使用されている理由は、小笠原の言葉は元々英語と日本語の両方であったという文化を示したいからです。今でも欧米系の子孫の島民で、英語の方が楽という人達はいます。本当の意味で、小笠原の島民全員が楽しめるには英語も重要なのです。

松江:では、島民の方だけではなく外に向かって小笠原をPRしていくという側面も含んでいるのですね。

スフォルツァ:はい。自分が知っている小笠原っていうところはこんなに面白いところなんだよ!っていう。島民だってそれぞれで住んでいるところも違えば、している仕事も違うし、同じものを見ても感じることは違う。個々それぞれに『小笠原の世界』があると思うんですよね。だから、『ORB』は自分の目から見た小笠原の世界なんです。

松江:編集者の主観がふんだんに入っていることは重要だと思いますね。その辺りが『ORB』の面白さに繋がっているのだと思います。

スフォルザ:ありがとうございます。

松江:『ORB』を読んだ小笠原の人たちからの反応はいかがですか?

スフォルツァ:ポジティブな意見が多かったですね。 雑誌の手触りがすごく小笠原のイメージに合っているとか、デザインの雰囲気が好きなど、多くの人にすごく喜んでもらえました。第一号を見て広告を載せたい!と言ってくれた人も多かったです。その中でも一番良く言われたのが島への愛が伝わったという声だと思います。小笠原の島民は皆、島に対する愛が非常に強いので、そのように言ってもらえるのが一番の褒め言葉ですね。ORBは島民の人に一番楽しんで欲しいと思っていたので、素直にうれしかったです。

松江:今後のビジョンについてお伺いします。第二号の紙面のpatagoniaとの交流プロジェクトのように、外との交流も積極的に行いたいとお考えですか?

スフォルツァ:興味はすごくあります。小笠原は来年返還50周年で一つ節目の年になります。もしかしたらこれから色々変化していく時期なのかもしれないと思っていて、将来の小笠原がどうなっていくのか、まずは自分たちがしっかりとしたビジョンを持つことがすごく大事なのではないかと思っています。外との交流からいいアイディアをもらったり刺激を受けたりすることはそのビジョンを形成していく上でとても重要なことだと思っています。

松江:ありがとうございました。最後に【スフォルツァ流小笠原諸島の通な楽しみ方】をご教授いただけますでしょうか?

スフォルツァ:小笠原まで来たら時間を気にせずにゆっくり楽しむのが通な島の楽しみ方だと思います。ドルフィンスイムやカヤック、森歩きなどのアクティビティーも間違いなくおすすめですが、その日の天気や気分によって自由に過ごすのが自然相手に楽しむコツかもしれません。例えば、

・飲み物、ご飯、本を持って小港海岸で一日まったりしたり泳いだりする。
・海がベタ凪ならSUP(スタンドアップパドル)で海遊散歩。
・USKコーヒーで100%ボニンアイランドコーヒーを飲み、カフェすぐ横のコーヒー畑の風景を楽しむ。
・自分の好きな夕日スポットを見つける(一年中見える場所もあれば、季節毎にしか見えない場所もあります)
・母島に行く(母島は父島からさらに2時間程の船旅なので、母島まで行く人は間違いなく通と言えます)
・ジョンビーチへのハイキング。片道2時間半ほどかかるが、素晴らしい父島の南側の風景が360度広がる。
暑い季節には水着とシュノーケルを持ってゴールのジョンビーチの青い海で泳ぐ。水2リットルは必ず忘れないように。
・奥村地区にあるバー・ヤンキータウンで酒を飲みながらオーナーのランスから島の昔話を聞く。

具体的な場所で言いますと、小港海岸(島では数少ない砂のビーチ)、ジニービーチ(カヤックやSUP等でしか行けない、別次元のビーチ)、アカガシラカラスバト・サンクチュアリー(絶滅危惧種のハトを守り、島固有の植物が多く見れる自然保護区域)、ウェザーステーション(太平洋に沈む夕日が見れる展望台)

などはいかがでしょうか?



東洋のガラパゴスと呼ばれる絶海の孤島で発行されるZINEは、島の歴史・文化がそうであったように、西洋と東洋の交配によって生み出されたハイブリッドマガジンでありました。それは、発行人すなわちハーフであるスフォルツァさんご自身であるかのようでもありました。お話を伺う中で徐々に見えてきた姿、そしてそれと逆行するかのようにやっぱり現地に行って、見て、感じないとわからないぞという謎は同時に色濃くなっていきました。つまりまんまと虜になったわけであります。
おすすめはやはり夏(だそうです)!今年はもう終わってしまいそうですが、日本返還50周年である2018年の夏、小笠原諸島でお会いしましょう!!

《おまけ》
「あまり(数が)ないんですよ、、」と言いつつおすすめの食べ物を5つも挙げてくださったスフォルツァさんですが、おすすめのお食事処も5つ挙げてくださいました!なんてサービス精神旺盛なんだ、、、!!Thank you for your hospitality!!You are the man!!

【父島のおすすめごはん処5選】
茶里亭(チャーリーブラウン)
島の食材を提供してくれる人気のお店。2店舗体制で、居酒屋気分なら茶里亭、洋食系の料理ならチャーリーブラウンへ!

グリーンペペ
おそらく父島で最も古いレストランで、ORBの原点です

ボニーナ
港のすぐ近く、おしゃれな雰囲気のレストラン。お酒の種類も豊富で、個人的おすすめはランチのポキ丼

ラドフォード
島のサーフレジェンドが作るおいしい島料理が堪能でき、カラオケも楽しめる南国のレストラン

あめのひ食堂
船が着いてすぐにうまいランチが食べたいならココ!


interview・text 松江(ONLY FREE PAPER)
photo 野村(ONLY FREE PAPER)


2017-09-12 | Posted in OFP STAFF, インタビューNo Comments » 

 

1 / 3123