インタビュー

インタビュー #5 「 月刊妄想星占い」



「信じちゃ、ダメ♡」
毎月表紙のかわいい女の子がつぶやくフリーペーパー『月刊妄想星占い』。その名の通り最初から最後まで妄想だけで作られた、12星座の星占いのみのフリーペーパーです。まさに、「誰が何のためにこれを作っているんだろう…」という見本のようなフリーペーパーの作者“さとみちゃん”にお話を伺いました!

『月刊妄想星占い』

12星座の運勢を作者の妄想のみで占った(?)星占いのフリーペーパー。なぜか毎月決まって双子座はどん底、獅子座は最好調の運勢。
http://www.geocities.jp/mousouhoshi


野村:今日はよろしくお願いします。“さとみちゃん”とお呼びしてよろしいですか?いきなりですが、そちらのお顔は…。

さとみちゃん:これは、妄想です。とにかく石原さとみが好きで好きで、石原さとみになりたいんです。さとみちゃんと呼んでいただけるなんて光栄です。

野村:とにかく妄想の人なんですね。ではさっそくフリーペーパーについてお聞きしたいのですが、毎月書かさずに発行している妄想星占い、こちらを創刊したきっかけはなんだったのでしょうか?

さとみちゃん:この『妄想星占い』を作る前に『UmaGirl』というフリーペーパーを作っていたんですけど、 最初にそこで適当な星占いをやっていたんです。その時の適当な占いが割と評判が良かったというか、「面白かったよ」と言ってくれる人が多くて、『UmaGirl』をやめたあとに、じゃあそれだけのフリーペーパーにしちゃおうかなと…。

野村:占いはもともとお好きだったのですか?

さとみちゃん:はい。ファッション誌の後ろのほうに載っている占いとか、ああいうのを読むのがすごい好きだったんですよね。あと、朝の情報番組でやっている占いとか。あれは毎朝絶対見ないと不安で学校に行けなくて…。もう小学校のときから。たとえ自分の星座が運勢悪くてもだいたいアドバイス的なのがもらえるので、それに気をつけて今日一日過ごそう、みたいな。親に「早く学校行きなさい」って言われても占い見てからじゃないと登校できなかったんです。


野村:その長年の習慣がこちらの『妄想星占い』に繋がってくるんですね。妄想星占いというのはどうやって占っているんですか?そもそも、占っているんですか?

さとみちゃん:あ、適当…。完全に適当です。妄想です。

野村:毎月きっちり12星座分を占う(?)となると、妄想もなかなか大変ではないですか?

さとみちゃん:そうですね…。毎月最後の星座くらいでは飽きてきちゃってて…。

野村:え?

さとみちゃん:もう考えるのが面倒くさくなってきちゃうんです。

野村:面倒くさく…。毎月牡羊座から順番に書いているんですか?

さとみちゃん:そうです。だから魚座くらいではもう疲れちゃって…。疲れて飽きちゃう…。

野村:書く順番を変えたりしたことはありますか?

さとみちゃん:いつも何も考えずに牡羊座から書いちゃってました。そうですね、次は魚座から書いてみようかな…。


野村:毎月双子座は決まって運勢がひどいことになっていますが、これはもう妄想星占いのルール的なものなのですか?

さとみちゃん:毎月そうすると決めていたわけではないんですけど、でもなんとなくいつも良くない運勢にしちゃうんですよ…。あの、元カレが双子座だったので、それで最初は双子座をいちばん悪い運勢にしてたんですけど、それが何となく定着してきちゃったというか…。なぜか…。

野村:対して獅子座は毎月運勢絶好調ですけど、こちらは…?

さとみちゃん:私が獅子座なんです。獅子座は毎月最高の運勢にするというのは決めています。


野村:気持ち良いくらいのえこひいき感ですが、双子座の読者で怒ったりする人とかはいないんですか?

さとみちゃん:今のところは…はい、大丈夫です。割と双子座の人のほうが反応を下さるんですけど、「逆におもしろい」みたいに言ってくれる人が多くて、「ああよかった、傷ついてなくて…」と思っています。

野村:ちなみに、その元カレの反応はどうなんですか?

さとみちゃん:いや、読んでません。絶対教えられないです。元カレには、というか誰にも教えていないんです、周りの人には。今の彼にも絶対教えたくないです。教えたら書き辛くなっちゃうかなと…。というの と、たぶん単純に、教えたら引かれるんじゃないかなっていう思いがあって…。だから彼とかにも言えないんですよね。


野村:そうなんですね。周りには内緒にしてでも続けていくというくらい、フリーペーパーには魅力があるんでしょうか?

さとみちゃん:はい、フリーペーパーは好きですね。

野村:『月刊妄想星占い』は自費で作っているんですよね。誰に頼まれたわけでもなく、彼氏や友だちにも内緒で自分のお金をかけてでも作ってしまう、というのは、フリーペーパーが自分にとって必要な表現手段だったり、本来の自分を解放できる場、ということなのでしょうか?

さとみちゃん:制作については完全に自費なんですけど、でもそんなかっこいい感じのことではなくて、やっぱり何となく、 言ったら引かれるようなもの、という風に自分で思ってしまっているんですよね。でも…、はい、フリーペーパーは好きです。


野村:初めてフリーペーパーを作ったのはいつ頃ですか?

さとみちゃん:高校の頃に『下北ロック』という音楽系のフリーペーパーのスタッフとして関わったのがいちばん最初で、そこではちょっと関わっただけですけど、ゆるいイラストとか描いてました。で、そのあと は学生のころに『UmaGirl』を作って、それでこの『妄想星占い』です。

野村:『UmaGirl』が自分で作り始めた最初のフリーペーパーなんですね。

さとみちゃん:そうですね。馬がすごいかっこいいなと思っていて、でもそこまで馬術の知識もなく作り始めたので、本気で馬術が好きな人とかに怒られたりしましたね…。メールとかTwitterとかで…。馬は…もういいです。 あとは最近、『Himagine』というフリーペーパーで連載をしています。これは、「自由になんでも書いていいよ」って言ってくださったので、第一回目(Himagine vol.15)は斉藤和義で二回目(Himagine vol.16)は石原さとみについて書きました。どっちもすごい好きなんです。

Vol.15は「斉藤和義とカラオケに行ったときにリクエストするべき5曲」。Vol.16は「石原さとみになるということ」。こちらでも1ページまるまる妄想しています。



野村:では最後に、さとみちゃんの好きなフリーペーパーを教えてください。

さとみちゃん:『ナイスガイ』好きです。あと『食パンダッシュ!やまだちゃん』。私もパン好きなんで。あと、なんだろう…。意外と思い浮かばないです。

野村:ありがとうございます。『月刊妄想星占い』はまだまだ続きそうですか?

さとみちゃん:はい。これは、まだまだいけそうです。がんばります。



一見投げやりにも思えるほどの迷いのなさで(しかも妄想のみで)フリーペーパーを作り続ける“さとみちゃん”。こんなに適当に作っているんだ…というのが分かってしまってもなお、毎月自分の星座をチェックしてしまうことでしょう。来月の占いも楽しみにしております!


text・interview 野村(ONLY FREE PAPER)
photo 野村・松江(ONLY FREE PAPER)


2017-06-07 | Posted in OFP STAFF, インタビューNo Comments » 

 

インタビュー #4  「 BEYOND」(後編)



昨年4月に創刊されたLGBTが主題のフリーマガジン『BEYOND』の編集長であり、特定非営利活動法人東京レインボープライドの共同代表理事でもある山縣真矢(やまがたしんや)さんのインタビュー、後編です!開催目前のビッグイベント「東京レインボープライド2017」についてもお聞きしています。



野村:すごく内容が特化しているからというのもあると思うんですけど、LGBTのことを扱っているとなると、やっぱり誰かにインタビューした際に、誌面に名前を表記をするときに、例えば「バイセクシュアル」とか「ゲイ」ということを一緒に表記する場合が多いですが、それは、BEYONDではどういう意図で表記をしていますか?

山縣:BEYONDだと巻頭のところだと思うんですけど、取材をさせていただいたこの方たちが自分のセクシュアリティをどのような言葉で表現するのかって言うのは、そこにその人なりの思いとかアイデンティティとかがあったりする部分なので、同じことを書いてあってもその表記があるかないかで見え方が変わってくるんですよね。女性に見える人でも、その人が表明しているのがレズビアンなのかトランスジェンダーなのか他の何かなのかによって、やっぱり受け取られ方も発信の仕方も違ってくると思うんです。そういう意味もあって載せるようにはしていて、基本的には本人から言われたものをそのまま載せています。同じように年齢も、言いたくないという場合は載せていないですけど、読み手側の一つの情報として、時代背景や考え方の目安にもなるので、入れています。

野村:自分はこういう人だよという、自分のアイデンティティの所在を明らかにしておいて、その人の記事があって、というほうがより記事の理解度も深まる…ということですね。

山縣:はい。そうですし、そこをオープンにしていくというか、可視化していくというところは、重要なところだと思うんです。私はレズビアンです、私はゲイです、私はトランスジェンダーです、ということをちゃんと表明する人が増えて、それが受け入れられる世の中になればいい。BEYONDに出てくる人はそういうことを表明して活動している人が多いんです。基本的にこの巻頭部分は、LGBTブームというキラキラしたところだけでなく、色んなところで色んな活動をしている人たちに光を当てよう、みたいなコンセプトがあるので、そういう人たちをこちらもセレクションして、取材をお願いして…という感じなんです。

野村:なるほど。本当の意味での輝きとか美しさというところですね。ちょっと媒体の話とは逸れますが、こういうインタビューとかではなく、例えばLGBTのコミュニティって一言で言ってもやっぱりその中にいろんなアイデンティティの人がいると思うんですけど、そのコミュニティで集まったときに、この人はこういうアイデンティティの人で、みたいなことを前提として相手の話を聞いたりコミュニケーションが始まる、というわけではないですよね。

山縣:そうですね。個人的に僕はゲイバーに行ったりとか二丁目に行ったりとか、付き合いのある人ってやっぱりゲイの人が多いんですけど、パレードのスタッフとなると本当にいろんなセクシュアリティの人がいて、コアに関わっている執行部や運営の人はだいたいその人のセクシュアリティとかも含めて知ってはいるけど、ボランティアスタッフの方とかは本当にもうたくさんいて、年代もセクシュアリティもいろんな人がいるので。お互いに聞く事もあるだろうし聞かないこともあるだろうし、その辺はいろいろで、それも含めてコミュニケーションしてもらえればいいのかな、とは思うんですけどね。
ちょうどこの前、ボランティアスタッフの全体ミーティングをやったんですけど、高校生も多くて、30~40人高校生がいたりするんですけど、まあいきなり初対面で「あなたのセクシュアリティは?」というのはあれかもしれないけど、こう話をしていく中で「どうしてTRPのボランティアやろうと思ったの?」ってお互いに話が始まったりしたら、その中でそういう話もできてきたりするとは思うけど。

野村:高校生たちはどこでTRPのことを知ったり興味を持ったりして参加しているんですか?

山縣:学校単位で参加していたりとか、先生の繋がりとかですかね。

野村:ということは、LGBTというテーマに対して積極的というか、学ばせたいという姿勢の学校が多くなってきているということですか?

山縣:そういう学校も出てきた、ということですね。ちゃんと学校の承認も得てきているし、本当にたまにですが単独で来る、という高校生もいます。高校生以下の方は基本的には保護者の同意がないとTRPのボランティアにはなれないので、一応そういうものをきちっとクリアした人が参加してくれています。

野村:なるほど。高校生、まあ若いなーと思うけど、若すぎるってことも全然ないですよね。

山縣:はい。全くないと思います。



野村:BEYONDは現在どういうところに置いてますか?

山縣:新宿二丁目のakta(アクタ)というコミュニティセンターやいくつかのお店で置いていますね。スポンサーでもある「丸井」の渋谷店や新宿店など主要店舗にも置いてもらっています。丸井さんはすごく協力してくださっていて、パレードの当日はパレードコースである渋谷MODIの大型ビジョンをレインボーにしてくれたりもして。あとはぜひ5月6日、7日のTRPの会場に足を運んでもらえれば。当日、フェスタの会場やレインボーウィーク期間中の色んなイベント会場でもBEYOND最新号を置いていますし、6日、7日の会場にはバックナンバーも持っていきます。華やかで楽しくて、元気をもらえるような空間だし、「いやほんと色んな人がいるよね」というのが分かるイベントなので、そういうものを感じてもらえたら良いかなと思っています。もちろんしっかり頭で考えたり社会運動的な部分も重要なんですけど、まずは会場に来て楽しんでもらったり感じて考えてもらえればと。

野村:はい。期間中、山縣さんは毎日どちらかにいらっしゃるんですよね?

山縣:そうですね。フェスタ&パレード以外でも、東京レインボープライドの主催でいくつかイベントがあって、例えば、僕が企画してるのが5月4日の「性をめぐるアーカイブの世界~過去を未来へ伝える~」というトークショーで、これはけっこうマニアックなんですけど…。最近LGBTに関するものに限らずですが、デジタル化も含めアーカイブというのは言われるようになっていて、例えばアメリカだと、LGBTコミュニティセンターという立派なものがあって、その中にライブラリがあったりして、昔の資料やアーカイブがちゃんと保存されていたりするんですよね。今回登壇される方はみなさん、そういう「性をめぐる」色んな資料などを個人的に収集していらっしゃるのですが、では、LGBTコミュニティ全体として、これまでいろんな人がコレクションしてきたものとか、これからまた生み出されていくであろういろんな資料だったり紙媒体などを、どうやって歴史のひとつとして残していくか、ということを考えてみましょう、という趣旨です。

野村:おもしろそうです!



野村:LGBTの活動を続けて、いろいろ難しいところもあるとは思いますが、最終的にはどうなっていけば良いと思いますか?山縣さん個人としてのゴールみたいなものはありますか?

山縣:ああー。よくこういう質問を受けたときに「パレードが無くなることがゴールです」みたいな言い方をする人もいるんですけど、僕はあんまりそうは思っていなくて、ゴールは無いと思っているんです。SOGI(性的指向/性自認)や婚姻の平等といったことって、それこそ政権が変われば、制度が変わったりとかもあるわけですよね。時々の社会情勢とかでも変わったりします。
オランダは2001年に初めて同性婚という制度ができた国で、同性婚もそうだしそれ以外の人権のことについてもすごく進んでいる国で、いじめにしろ何にしろマイノリティ性を抱えてる人に対するフォローアップもしっかりしているんですけど、そういう国でもセクシュアルマイノリティの小学生や中学生がいじめられたりするんですよ。そういうドキュメンタリー映像を観たことがあって。日本からみるとかなり制度的にも進んでいるような国であってもです。性的なことというのは子どもとか思春期では特に、いじめとかに繋がりやすい。だから、オランダではそういうことが起こったときにちゃんと対応できる大人がいたり、どこに相談に行けばいいっていうような、機関や仕組みがあるんです。
まあ要は、性のことってマイノリティ以外でも悩むじゃないですか。「性」ってやっぱり生きることの根源にも繋がってくるので、例えばそういう色んな隔たりや差別のようなものがなくなっていっても、年に一回のこのパレードは、どんなセクシュアリティであれ、ストレートであろうがゲイであろうがレズビアンであろうが、色んな人が自分の生きることや性のことについて、こう、みんなでお祝いするような場として、ずっとあり続けていっていいんじゃないかなと僕は思っているんです。その中でセクシュアリティによる差別とか、そういうものがどんどんなくなっていったらいいですよね。
で、LGBTの運動的に言うと…。やっぱり具体的に法律ができたりとかですかね。ゲイブームと言われた90年代前半のころは、もっとふわっとしていた部分もあったと思うんですけど、今は条例や法律、差別解消法とか同性婚とか、具体的なものが課題として上がってきています。それは少し歴史が前に進んだってことなんじゃないかなと思っています。けれども、そこを越えていくのはまた大変で…。今の日本の社会状況とか政治状況だと結構難しいところもあるとは思うんですけど、そういう具体的な課題に向かって行く運動のひとつとして、東京レインボープライドも貢献できればいいなと考えています。とはいえ、LGBTブームと言われている昨今でも、まだまだLGBTに関して、きちんと知られていなかったり、そもそも知らない、という人も本当にまだたくさんいるのも現実だったりもするわけです。
そもそも「SOGI(性的指向/性自認)」というのは、あらゆる人に関わる属性です。なので、SOGIに関してマジョリティな人たちにも、自身の「生」にとって重要な「性」について考えるキーワードとしてSOGIを捉えてもらい、そこを出発点に、SOGIに関してマイノリティ性を抱える人たちに想いを馳せてほしいかな、と思っています。多様な「性」に寛容な社会は、豊かなんじゃないでしょうか、カルチャーとかの面にとっても。

野村:それこそが、ちゃんとした大人が増えていくってことですよね。

山縣:そうですよね。ぜひ5月6,7日TRP会場に来ていただければと思います。


聞けば聞くほど他人事ではないセクシュアルマイノリティのこと。お互いの性や生を尊重し合うというのは自分の性(=生)を大事にすることから始まるのだなあ。子どもが安心して育っていける環境というのは、ちゃんとした大人がいる社会なのだとつくづく思ったのでした。これほんと、誰も無関係でない大事な話。今年のGWはお互いの性を祝福しに渋谷へ行こう…!

『東京レインボープライド2017』、レインボーウィークは4/29~5/7に開催。都内を中心にあちこちの会場でイベントが開催されます。メインイベントでもあるパレード&フェスタは5/6,5/7に代々木公園です。今年のSpecial Liveは中島美嘉さん…!
TRPのサイトで詳細を確認してぜひ会場を訪れてみてください。

<パレード&フェスタ>
開催日
フェスタ:2017年5月6日(土)、7日(日)10時~18時
パレード:2017年5月7日(日)※正確な時間は後ほどお知らせします。
会場
東京都代々木公園イベント広場&野外ステージ
 ⇒ 各コンテンツの詳細情報はこちら

<レインボーウィーク>
開催日
2017年4月29日(土・祝)~ 5月7日(日)
会場
東京都内を中心に全国各所
 ⇒ 各イベントの詳細情報はこちら



text・interview 野村(ONLY FREE PAPER)
photo 野村・松江(ONLY FREE PAPER)


2017-04-27 | Posted in OFP STAFF, インタビューNo Comments » 

 

インタビュー #4  「 BEYOND」(前編)



河原に佇みカメラに対峙する4人の男女。彼らの手にはプラカードとメガホン。
あれ?なんだろう、どこの国だろう、と思わず目を留め手に取ったのが『BEYOND』の創刊号。その写真からは、国籍も性別も4人の関係性も、さらには屋外なのに季節感も判別しにくい、つかみ所のないような、それでいて目が離せないような、何とも印象的な表紙。
このフリーマガジン『BEYOND』編集長であり、特定非営利活動法人東京レインボープライド共同代表理事でもある山縣真矢(やまがたしんや)さんにお話をお聞きしました。

『BEYOND』

「らしく、たのしく、ほこらしく」をモットーに、性的指向および性自認(SOGI=Sexual Orientation, Gender Identity)のいかんにかかわらず、すべての人が、より自分らしく誇りをもって、前向きに楽しく生きていくことができる社会の実現を目指し活動する特定非営利活動法人東京レインボープライドの機関誌として、2016年4月に創刊。
春と秋、年2回のペースで発行され、現在の最新号は先日発行された第3号。
http://tokyorainbowpride.com





野村:BEYONDはNPO法人の機関誌ということなのですが、まずは団体の成り立ちや活動についてお話を伺えますか?

山縣:はい。東京レインボープライドという団体は2011年の5月に設立されまして、現在僕と杉山文野が共同代表理事を務めています。

野村:毎年春に代々木公園周辺で開催されているレインボーパレードを主催しているということですが、そもそものパレードのいちばんの趣旨というのは、セクシュアルマイノリティの認知を広める、という理解で合っていますか?

山縣:まあそうですね。LGBTとかセクシュアルマイノリティの可視化とか、差別や偏見に対して訴えていくとか…。というものがコアにあって、それにフェスティバルというか、祝祭的なものが加わっていく。国によっていろんなやり方があったりとか、打ち出し方は違いますけど、広く一般的に、プライドパレードというのはそういうものですね。
そもそもの発端というのはアメリカのNYで、1969年6月28日にグリニッジビレッジにあるストーンウォールインというゲイバーで起こった事件(※1)の1周年のデモ行進が、現在世界各地で行われているプライドパレードのスタートといわれています。そこから違う都市にも展開していって、日本での最初のパレードは1994年に開催されています。

野村:日本でパレードが始まるきっかけというのは何かあったのですか?一時期LGBTブームというのがあった、というのは以前何かで読んだのですが…。

山縣:ええと、当時はLGBTと言わなかったんですけど、’91年、’92年あたりにゲイブームっていうのがあったんですね。雑誌で取り上げられたりテレビで取り上げられたりとか。伏見憲明さん(※2)が「プライベート・ゲイ・ライフ」(1991年刊行)というのを出したり、映画の「プリシラ」(1995年日本公開)や「二十歳の微熱」(1993年公開)もその頃で…。そんなゲイブームの前には、「府中青年の家事件」(1990年2月)(※3)という事件も起こりました。同性愛者の団体が東京都を相手取って裁判になるんですけど、そういうのもあったりして、90年代の前半頃にちょっとしたブームがあったんです。

野村:それは主にそのライフスタイルとか、ゲイのコミュニティで起こっていることに注目が集まってたということだけでなく、根本的な人権の問題ということに着目する人も増えてきたという時期だった?

山縣:まあ…裁判もあったし、そういうのを取り上げた本だとか、ドキュメンタリー番組というのも当時はやられたりもしていたけれど。とにかくアンダーグラウンドでなくメジャーなメディアが取り上げ始めたということで注目され始めた時期で、’94年にパレードをやろうという流れもできたと思うんですよね。いちおうこれはアジアで2番目の開催と言われています。
僕は2000年のパレードに、当時は「レズビアン&ゲイパレード」と言っていたんですけど、そこでフロート出展者をサポートするかたちで初めて参加しています。で、2002年から実行委員というかたちで運営に携わるようになりました。もう15年ですか…。

野村:15年…!毎年パレードを開催しているのですか?

山縣:それがなかなか、毎年とはいかなかったんですよ。東京のパレードというのは、’94年から始まり、主催団体やパレードの名前も変わったりしながら、開催が続いたり、何年か開催がなかったり、パレードのないフェスティバルという形での開催になったり、という感じできて…。で、2011年5月に東京レインボープライドという団体を設立し、翌年の2012年4月に第一回目の「東京レインボープライド」を実施して、そこからはもう毎年やっています。



野村:2015年にNPO法人化して、いよいよ翌年に機関誌である『BEYOND』の創刊ですね。こちらを創刊した経緯についてお聞かせください。

山縣:もともと2012年の第一回目の東京レインボープライドの時から、「TRPオフィシャルガイド」というタブロイド判の媒体で、具体的にプライドウィークとかフェスタやパレードなどのいわゆるガイドとして毎年作っているものがありました。広告を入れて作っているのですが、だんだん大企業なども入るようになって誌面の棲み分けが必要になってきたというのもあって、法人化を機に棲み分けをしたこちらのBEYONDは、もう少しかっちりしたもので、団体の機関誌として作ろうということになりました。創刊号を2016年の4月に刊行しているんですけど、2015年の年末くらいから相談し始め…、それこそ雑誌のタイトルからですね。昨年の東京レインボープライド2016のテーマが“Beyond the rainbow”というテーマだったんですけど、その“Beyond”というのを機関誌のタイトルにしましょうということになった。



野村:性に限らずマイノリティのコミュニティというのは、情報を探すとしたらやはりまずはインターネットだったり、広めるほうとしてもインターネットのほうが“広く早く”ということで力は大きいかなと思うのですが、あえて機関誌という紙でつくる、紙で渡す、ということにこだわりはありますか?

山縣:もちろん、こだわりはありますね。編集もそうだしデザイナーにしてもアートディレクターにしても、その辺に対するデザインの力とか紙の力とか、webとは違うもの、というのはやっぱり意識しているし、こだわりは持って作っています。
あとはやっぱり、タブロイドのガイドのほうは、イベントが終わったらその役目を果たすんですけれど、BEYONDは機関誌で息の長いペーパーだと思っていて、特集だったら現時点でのその状況とか、そのときのトピックの人だったりとか、そういうものを入れているので、次の号が出たとしても、バックナンバーとして欲しい人はいるだろうと。webだとやはりどんどん回転していって消費されていく、みたいなところがありますけど、紙はこうやって手に持ってめくったり、ときどき引っ張り出してみたりとか、やっぱりそういうものだと思うので、何か引っかかりを持って読んでくれた人や手に取ってくれた人に、ずっと手元に置いておいてもらえるようなものであればいいな、と思います。

野村:そうですよね。BEYONDは紙で存在感があって、思わず目を留めて手に取ったり人に渡したりしたくなる、というのはすごくあると思います。

山縣:人から人へ渡っていくという意味では作り手の思いが伝わる部分も大きいと思うし…。実際、紙は大変ですけどね(笑)



野村:毎号巻頭に登場するスーパーシャイニーの候補はいろんな方がいると思いますが、取材対象や扱うテーマはどのように決めていますか?

山縣:取材対象は、何となくその号のテーマや特集の内容で決めていますかね…。僕の繋がりだったり、毎回スタッフに提案してもらったりもしていますし、結果的になんとなくまとまることもありますね。例えば、この新しい号だと、「LGBTと行政」という特集を組んでいるんですけど。2015年に渋谷区などで同性パートナー制度ができて、11月から世田谷区と渋谷区で同時に登録が始まってちょうど一年ちょっと経ったところで、それ以降にもいくつかの自治体がそれに続いていたり、この6月から札幌も制度を導入するんですけど、今のLGBTブームみたいなもののきっかけとして、同性パートナー制度はやはり大きいんですよね。ただ、同性パートナー制度って、要は“パートナー”の話なので、みんながみんなパートナーを持ってるわけではないし…。

野村:確かに、それはそうですね。

山縣:そうなんです。セクシャリティも様々ですし、実際、パートナー制度のことだけでなくて、自治体レベルでももっと条例とか計画とか、いろんなもので性的指向とか性自認などに関することってやられていたりするんですね。そういうものも知ってフォローしましょうということで、まず、自治体の同性パートナーシップ制度について解説した後、それ以外の自治体の動きや制度などを紹介しています。で、そのうえで、地方自治体だけでなく、もっと大きい国レベルでの法整備みたいなものがやはり必要だよねということで、国レベルの法整備の現状を、G7諸国との比較などもしながら、解説しています。作り終えてから何となくまあ一冊で通底するものはあるな、と思ったりもしています。



野村:この国別での比較は状況がすごく分かりやすいです。

山縣:この表を見るともう一目瞭然なんですけど、人権にしても同性カップルのことにしてもG7の中で日本だけ突出して法整備が遅れているんですよね。まあ、ここにロシアが入ってくるとロシアはもっとひどかったりするんですけど…。

野村:日本が遅れてるというのは、なぜだと思いますか?特に欧米とかと比べると。

山縣:人権については、まず根本的に考え方が違うなと思うんですよね。LGBTのことだけでなく、日本は人権とか差別に関する包括的な法律が無いんです。部落差別や障がい者差別など、個別のものに対する法律はいくつかあるんですけど。一方、例えば、イギリスでは、「2010年平等法」で、あらゆる分野における性的指向や性自認を理由とした差別の禁止が規定されています。あと、この表の「国内人権機関」というところを見ると、日本には「国内人権機関そのものがない」と書いてありますけど、他のG7諸国には国内人権機関がまずある。人権を擁護するために勧告などを行う機関があるというのが前提で、その国内人権機関の管轄に性的指向があるかないか、というレベルの話をしているわけですけど、日本はそもそもそういう機関そのものがない、みたいなところで…。もう二段階くらい差別ということに関しては遅れていると思います。というのと、同性パートナーに関して言うと、いわゆる「伝統的家族観」とか儒教的な家族観とか、あとは戸籍制度ですね。「家」を中心とした戸籍制度があるというのは同性パートナー制度とか同性婚を実現させていくにはすごく大きな障害になるんだろうな、というのがやっぱり他の国とは違うところだと思います。夫婦別姓もできない国ですから。その一方で、日本は宗教的な縛りは少ない…というところもまたあるとは思うんですけど。

野村:確かに、宗教で縛られるというのは日本ではあまり感じないですね。

山縣:例えばBEYONDの第一号でも記事にしていますが、韓国は保守的なキリスト教の団体とかがすごく反対勢力としてあって、露骨な嫌がらせや妨害とか、結構すごいのがあるんです。パレードやっててもガンガンそういうヘイトが飛んで来るような。

野村:日本では宗教的なものはあまりないとして、例えば政治的なところからの圧力とか嫌がらせとかはあったりするんですか?

山縣:そんなに露骨には…、でもまあ、だんだん増えてきているとは思います。LGBTの権利とか婚姻の平等といった課題が表面化するようになって、それを快く思わない人たちの声も出てくるようになったということだと思います。

野村:知る人が増えた、ということでもありますよね。

山縣:うん〜そうそう。割とどこの国でも同性婚制度とかできるときって、例えば議会を通る時でも結構僅差で通ってたりするんですよね。どこの国もやっぱりすごく国を二分するというか…。フランスなんかは同性婚制度ができるとき、賛成する側で何十万人というデモがあったら、反対する側も何十万人というデモがあったりとか、最新号で取り上げた台湾でも、同性婚の法制化に賛成する集会には25万人もの人が集まっているんですよ。で、一方でそこまでは多くなかったけど、同性婚に反対する人たちの集会も10万人くらい集まっていたりするんです。一般的には賛成する人が多いし、だからこそ制度が成り立っていると思うんですけど。

野村:日本もそういうのを越えていかないと…、というのはあるんですね。そういう意味では、例えば、LGBTへのヘイトの声が聞こえてきているということは、日本も今、動き始めている、ということなんですかね。

山縣:そうだと思いますが、もっと大きな視野で見てみると、もちろんLGBTイシューも重要で、僕らは当事者としてLGBTに関する課題をどうにかしたいと思って活動していて、パレードもそのためにやっているわけですけど、共謀罪にしろ、教育勅語の問題にしろ、そういう状況が今の日本にはあるわけじゃないですか、実際に。そうなってくると、LGBTの以前の問題として、日本の社会がどんどん息苦しくなってきているような気もしています。



日本におけるレインボーパレードの始まりから紙媒体BEYONDの誕生まで、状況は変化はしているけれど、まだまだマイノリティが生き辛いという社会を作っているのは私たち一人一人なのだと思わされます。そして誰もが前を向いて生活できるような社会にしていくのもまた、私たち一人一人なのだなあ。とても興味深く考えさせられます。集中力MAXのまま後編へ…!開催間近の東京レインボープライドについてもお聞きしています。



注:
(※1 1969年6月28日、ニューヨークの「ストーンウォール・イン (Stonewall Inn)」というゲイバーが警察による踏み込み捜査を受け、居合わせたがゲイやレズビアンなどLGBTの人たちが初めて警官に立ち向かって暴動となった事件)
(※2 執筆や講演などで90年代のゲイ・ムーブメントに影響を与えた評論家、小説家)
(※3 同性愛者の団体に対し、東京都が「青少年の健全育成によくない」という理由で宿泊施設「府中青年の家」の利用を拒否した事に対して、1991年2月に団体が東京都を提訴、1997年9月の二審で原告団体の全面勝訴で結審。)



text・interview 野村(ONLY FREE PAPER)
photo 野村・松江(ONLY FREE PAPER)


2017-04-27 | Posted in OFP STAFF, インタビューNo Comments » 

 

インタビュー #3 「 食パンダッシュ!!やまだちゃん」

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食パンをくわえたセーラー服姿のやまだちゃんがパンの紹介をするフリーペーパー「食パンダッシュ!!やまだちゃん」。
月に一度というハイペースで発行を続け、4年の間に着々とやまだちゃんファンを増やしていましたが、2016年8月に発行された最新号を最後にフリーペーパーからWEBへ移行。フリーペーパーとはもうサヨナラなんでしょうか?さっそく、やまだちゃんご本人にお話を聞いてきました!

01

野村:さっそくですが、やまだちゃんから自己紹介をお願いします。

やまだちゃん:食パン少女やまだちゃん!16歳☆ 小麦坂学園の高校1年生!
パンが大好きでパンに関する情報をいろいろ発信中だよ〜
好きな食パンは、フジパン本仕込!醤油バターで食べるのがマイブームだよっ!

野村:やまだちゃんはいつからパンの紹介をしてるんですか?

やまだちゃん:やまだちゃんの家族がみんなパン好きで、よくパンについて話したりしてたから、他のみんなにも紹介したいなと思って始めたよ〜!もうだいぶ前な気がするかも?4年ぐらいかな〜?

野村:月一でフリーペーパーを発行していくというのは、学校の授業もありますし、なかなか大変だったと思いますが、両立できていましたか?得意な科目や不得意な科目はありますか?

やまだちゃん:パンのことだから大丈夫!!
フリーペーパーとツイッターのおかげでパン友がたくさんできたから楽しいよ〜!
得意な教科は家庭科と音楽!
不得意なのは数学…お昼過ぎは特に眠くなっちゃう〜;;

野村:パン友…。やまだちゃんはどんな生活をしてるのですか?やまだちゃんの一日を教えてください。

やまだちゃん:朝は食パンダッシュでギリギリ学校に到着!3時間目でお腹が鳴って、お昼休みはうきうきパンタイム!惣菜パンの写真を撮って食べた感想をメモ☆
授業が終わったらよくスーパーに寄り道してパンコーナーのチェックをするよ!
スーパーごとに置いているパンや取り扱ってるメーカーが違うから要チェックなの〜

野村:意外にマメで地道なパン活ですね。やまだちゃん、彼とデートとかはないのですか?

やまだちゃん:彼氏はいないよ〜 曲がり角でぶつかるのが憧れなんだけどまだぶつかってないんだ〜;;

野村:食パンダッシュの醍醐味ですね。こちらも地道にがんばってください。ちなみにやまだちゃんは、この4年間ずっと高校1年生なのですか?

やまだちゃん:うん!ちびまる子ちゃんと一緒!ずっと16歳!

野村:永遠の16歳…。いいですね。新しいパンを買うお金や毎月のフリーペーパーの印刷代とかはどうやってまかなっていたのですか?バイトとか…お小遣いとか…?

やまだちゃん:パンはお小遣いから〜!
印刷は印刷会社さんに協力してもらったり、広告を出してもらったりいろいろだよ!^^

野村:フリーペーパーではやまだちゃんは制服が多いですよね。あまり私服のやまだちゃんを見られなかったのですが、もしかしてお小遣いをみんなパンに使っちゃうからですか?

やまだちゃん:そういえば私服はあんまり見せてないかも!よくお友達とショッピングモールに服を買いに行くよ〜!

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野村:実はこの4年間でかなりやまだちゃんの見た目が変わった時期があって、パンの紹介の仕方も少し変わったかな、と感じていたのですが、やまだちゃんの生活になにかターニングポイントがあった時期だったのでしょうか?

やまだちゃん:製作するスタッフがチェンジしたよ〜
それに合わせてやまだちゃんもちょっとイメチェンしてみたの〜!
野村:イメチェン…。なるほど…。

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野村:フリーペーパーは昨年の8月に発行した最新号で最後と聞いたのですが…

やまだちゃん:うん!フリーペーパーは一旦お休みするよ〜!

野村:今はWEBメインということですね。やまだちゃん、どんなお気持ちですか?

やまだちゃん:フリーペーパーはほとんど京都の人にしか読んでもらえなかったけど、Webではもっとたくさんの人に読んでもらえるかなと思ってるよ〜!ツイッターには北海道から沖縄までフォロワーさんがいるんだけど「フリペをゲットできないよ〜!」って声が多かったんだ。みんなが見れるようになるのは嬉しい〜!

野村:フリーペーパーが終わってしまった寂しさというのもありますか?

やまだちゃん:フリーペーパーの時は、みんなから「クリアファイルに毎月ストックしてるよ!」とか「冷蔵庫に貼ってレシピを見てるよ」とか、大事に残してもらってて、それが無くなっちゃうのはちょっと寂しいかも…
でもWEBだと、みんなに知ってほしいパン情報をいっぱい載せられるから、今までよりもっとみんなとツイッターでコミュニケーションできるようになるはずだよ〜^^

野村:WEBがメインになったことで新しく挑戦できそうなことはありますか?

やまだちゃん:今までのフリーペーパーでは、パンの新商品が出ても印刷とかいろいろあってすぐに紹介できなかったけど、WEBならもっと早くパン情報を伝えられるから、新しい情報をどんどん載せたいな〜!写真とか動画とか、まだまだ分からないけど、いろんな方法を使ってパンを布教したい!^^

野村:フリーペーパー店としては、やまだちゃんがフリーペーパーでなくなってしまったのはやはり寂しいのですが、今後はもうフリーペーパーを作る可能性はなさそうですか?

やまだちゃん:みんなの声が多かったらまた作っちゃうかも〜!

野村:可能性はあるのですね。ちなみに、やまだちゃんが好きなフリーペーパーってありますか?
やまだちゃん:「めいが通信」と「フリースタイルな僧侶たち」!「めいが通信」は絵がかわいくて好き!映画の紹介も分かりやすくて紹介してある映画が気になっちゃう〜
あと「フリースタイルな僧侶たち」は、普段じゃなかなか知れないようなお坊さんの意外な話が書いてあって面白くて好きだよ〜!

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野村:では最後に、やまだちゃんおススメのパンを教えていただきたいのですが、やまだちゃんがこれまで食べてきた中でいちばんお気に入りのパンは何パンですか?

やまだちゃん:お気に入りはやっぱり毎日食べる食パンかな!チーマヨトースト(チーズ&マヨネーズ)は、一生飽きないと思うよ〜^^食パンにスライスチーズ(とろけるチーズでもどっちでもOK)をのせて、マヨネーズをかけてトーストするだけだよ〜!ピザ用チーズを使うともっともっと美味しい!

野村:一生…。もう愛ですね。パン愛。

やまだちゃん:忙しい時でもすぐできる簡単レシピだけど、上アゴのやけどには注意〜!

野村:気をつけますね。では、これから食べてみたいパンはありますか?

やまだちゃん:あるよ〜!いろんな場所にフォロワーさんがいるからご当地パンの話もよく教えてもらってるんだ〜^^

野村:そうなんですね。では、食べてみたいご当地パンベスト3を教えてください。

やまだちゃん:1位は「ぼうしパン(高知県)」!麦わらぼうしみたいな形のパン!フチの部分が絶対に美味しい!
2位はインターネットで見た謎のパン「学生調理(秋田県)」!学生向けってことなのかとにかく謎で気になる〜
3位はお花みたいな形の「ばらパン(島根県)」可愛いくて美味しそうだから食べてみたいし、写真も撮りたい!

野村:いろいろあるんですね〜。これからやまだちゃんのご当地パン巡りなんていうのもできそうですね?

やまだちゃん:それすっごくやりたい!やまだちゃんの夢だよ〜

野村:楽しみにしてますね。今日はお忙しい中ありがとうございました。


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紙媒体から飛び出した食パン少女やまだちゃん、webの世界でさらに縦横無尽に大好きなパン活の道を邁進し、パン友を増やしていくことでしょう。フリーペーパーにもまたいつか帰ってきてくれると信じてます!やまだちゃんありがとう!



text・interview 野村(ONLY FREE PAPER)
photo・やまだちゃん(自撮り)





2017-02-09 | Posted in OFP STAFF, インタビューNo Comments » 

 

インタビュー #2 「DEZZERT MAGAZINE」(後編)

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お待たせしました!スノーボードフリーマガジン「DEZZERT magazine」編集人・酒井隆光さん(下部写真右)、フォトグラファー・小野塚章さん(同左)へのインタビュー後編。
10年フリーの紙媒体を続けていることへの思いやフリーならではの悩みや葛藤など…さらに「DEZZERT magazine」深部に迫ります!


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●DEZZERT magazine裏のコンセプト

野村:毎号、ペインターやフォトグラファーなどのアーティストの作品が数ページ登場していますね。

酒井:僕が最初に章くんの写真を見て感じた、「ああ。このスノーボードの写真すごいかっこいいな!」っていう感覚を、みんなにも感じてほしくて。スノーボードを専門に撮ってるフォトグラファーがいるのかどうかすら世の中の人はあまり知らないと思うんですよ。ライダーやフォトグラファーたちが、夜中に国道で撮影したりとか、深い山に入って命懸けで撮影していることとか。そういう人たちの『価値』を感じてほしいなと思って。それはフォトグラファーもそうだし、グラフィックアーティストもそう。海外に比べると、日本人は積極的に写真も買わないし絵も買わないじゃないですか。なんかそういう、フォトグラファーやアーティストの価値を感じられるようなものにしたいなっていうのは、僕の中で裏のコンセプトとしてあるんです。なので、1号目から毎回、同年代のアーティストに声をかけさせてもらって…スケートボードやサーフィンが好きだったり、もちろんスノーボードをする人も多いので、僕らのフリーペーパーに共感してもらえるアーティストたちに7ページ分登場してもらってます。

●広告主の話

野村:広告主について聞かせてください。

酒井:出稿してくれるブランドと僕らの関係性は、普通に出版されている雑誌媒体とは少し違っていて、僕らがフリーマガジンで作って世の中の人にスノーボードをどのように感じてもらいたいか、またはそのブランドがスノーボードのカルチャーに対してどういうはたらきかけをしていきたいのか、その方向性が一致するブランドじゃないと広告が入ったときに絶対に違和感があると思うんです。なので、僕らは単純な広告セールスするようなスタンスではなくて、あくまで僕らの考え方に共感してくれるブランドにサポートしてもらっています。たぶん、このマガジンに広告を掲載してそのブランドの商品が売れるかっていうとそうでもないと思うんです。商品が何も載ってない広告だったりもしますし。その、売上的な費用対効果というところじゃなくて、純粋なスノーボーディングだけを表現してるマガジンであることとか、僕ら作り手の考えとかパッションを認めてくれて、それで出稿いただいてるようなものなので、そういう意味ではすごく感謝をしてます。

野村:カルチャーを一緒に育てていくという意識が共有されているんですね。


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●10年間での変化

野村:10年やってきて、作りたいものの軸はいちばん最初の頃からブレていないということでしたが、それ以外で何か変わったなということはありますか?

酒井:ちょっと章くんが太ったくらいですかね。

小野塚:あ、やっぱり?ちょっと…18キロくらい太ったんですよね。

野村:18キロ!(笑)

酒井:まああとは…みんな結婚したね。ファミリーができたっていうところですかね。

小野塚:やっぱそれより、僕が18キロ太ったってほうがでかい。

酒井:うん、それは衝撃だよね。(笑)

野村:でも、ファミリーができて、それまでの冒険心というか、危険なことができなくなるというのはありましたか?

小野塚:それは全く変わんないですね。感じたことないです。これから行く雪山とかゲリラ撮影の話とか、家で表紙の撮影とかもやってて常日頃から自分のやってることを見せてるので。
あとは、強いて言うなら機材ですかね。いろいろ試したいんです。スノーボードの撮影は常にライブで、場所によってはもう一回というのが出来ないんです。今度こういうロケーションで撮りたいからそのためにこっちの機材用意しとこうかなとか。で、仕事の撮影で休憩時間があると、先方さんに「ちょっとライダー借りていいっすか?」とか。ライダーは仲間なんで、「ちょこっとそこでやって」って、でバシャッと撮ったり。

野村:じゃ特にデザートマガジン用の撮影でなくても、もう常に一年中それが頭にあるという…。

小野塚:そうですね。雪山に立つと「これデザートで使えるかな」とか。例えば板のブランドの撮影だとまあだいたい喜ばれるのは板がちゃんと写るカットなんです。でもライダーは、それが自分の思い描くスタイルじゃなかったらもう一回やりたがるんですよ。そのときに「よしゃ」って思って、今度はデザート用のアングルを考えたりする。常に仕事の時は仕事のものがちゃんと終わってればデザートのことでアングルを考えてます。夏は都内の仕事が多いけど、冬はもうずっとそんなかんじです。

酒井:10年経って変わったのは、章くんが忙しくなったっていうことかも。カメラマンとして飯食っていけてないときだったけど、今は色んな仕事もらってちゃんと食えているっていうのがいちばん変わったことですかね。

小野塚:いつなくなるか分かんないですけど(笑)

酒井:基本的に章くんが撮ったスノーボードの写真でやってきているので、章くんがスノーボードの写真撮れなくなったら、まあこれも終わるってことなんですよね。

小野塚:糖尿病で歩けなくなるとか…。最近コーラ飲んだときとか足が痺れたりするんですよね。

野村:危ないじゃないですか(笑)

小野塚:痛い…

野村:それ痛風じゃ…。

酒井:マジで!?ヤバいよそれ(笑)

野村:酒井さん的には10年間で変化はありましたか?

酒井:そうですね…。あまり変わってないけど、10年前よりスノーボードがうまくなったかな。

小野塚:そうだね。

酒井:あとは、毎年どんどんスノーボードが好きになってますね。年々少しずつですが、山の奥に入っていく感じです。

小野塚:山好きになったね。

酒井:写真も、10年前好きだった写真と今好きな写真と、ちょっとずつ変わっては来てるんですけど、でも山奥の写真と、街のストリートレールの写真と、どっちもやっぱり、スノーボードなんですよね。だから、僕はどっちが好きとかは全然ないんですけど、自分自身、年々スノーボードのことが更に好きになっていってるという実感はありますね。


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●これからのデザートマガジン

野村:今後も続く限りはこのスタンスで?

酒井:そうですね。章くんが撮っていれば。スポンサーがなくなっても僕は作ろうと思っています。数はかなり少なくなると思いますが…。

野村:おお〜!これ…けっこうお金かかりますよね。

酒井:まあ…相当かかります(笑)たぶん、もし普通にこれを販売するとしたら、一冊2000円くらいはするかと。

野村:それでも全然買う人はいると思うんですけど、でもそこはフリーっていうのがやっぱりデザートのスタイルなんですよね?

酒井:そうですね。でも、これだけ章くんも稼働してるしどうにか利益を生む方法はないかと、この何年かずっと章くんとも模索してるんですけど。なかなかその答えが見つからないというか…。すごい大きなスポンサーがつくというのはひとつ可能性としてあると思うんですけど、でも、僕たちのこのスタンスでそのスポンサーを見つけていくのはすごく難しいことなので。利益を生むことについては悩みなんですけど、ただ、みんな個々で仕事をしてる中でこれを作っているので、生きていくことはできるんです。出来る範囲内でやってるかんじですね。あんまり背伸びすると、たぶん苦しくなるし。でももしお金もかけられるんだったら、もっとやりたいことはいっぱいあります。

野村:スノーボードっていう文化を、紙メディアだけじゃなくてたとえば動画メディアとかで展開して、デザートっていうメディアとしていろいろやるという可能性もありますか?

酒井:ちょうど、それをどうしていこうかちょっと悩んでるかんじですね。今色んなWEBやSNSがあるので、そこでやれることもあるんですけど、なかなかいま、僕ら自身がそこに注力できてないっていうか。あと、そもそものコンセプトが紙媒体でこうやって写真を見せるっていうのに対して、インターネットで僕らのデザートマガジンを表現するっていうのがちょっと矛盾しちゃってる部分もあると僕は感じてて。パソコン上のモニターで見る感覚じゃなくて、やっぱりこのめくる感覚、紙の質感とか肌感とか、こう…部屋に飾って見たりね。

小野塚:5年10年で紙が落ちてくるかんじとか、色が落ちてくるかんじとかね。

酒井:すごくコスト効率が悪いじゃないですか、印刷って。でもまあ…ここにあるフリーペーパーもみんなそうだと思うんですけど、作ってる人みんな「紙が好き」って言ってると思うんですよね。紙媒体の魅力というか。めくって戻る感覚、紙で見る面白さとか、そこは僕らも一緒です。で、たとえばマガジンには一切入ってない、撮影のバックボーンや裏話はたくさんあるので、そういう表現の場としてWEBを使うというのは全然僕はあると思うので、そういうところはやっていければいいかなというかんじはしてますけど、媒体としてはやっぱりこれがメインかなと。

野村:いやでも、これはこの大きさとか重さとか、絶対大事ですよね。ずっしりくる感じの。

酒井:ですね。このクオリティで、「これフリーって、こんなのありかよ!?」っていうところをやっぱり突き詰めたくて。年に一冊発行になってからページも増やしたんですけど、このボリュームでこの紙のクオリティでそれがフリーでもらえるっていうところは、やっぱり大事にしたいなと。これが『新しい価値基準』じゃないかと思ってます。

小野塚:これもって帰るのって、その気にならないと持って帰れないじゃない?

野村:そう!ほんとそうなんです!

酒井:この重さ。。。僕らのこの思いを持って帰る、『君にもそのパッションがないと持って帰れないよ。』っていう、そこも確認できますね、これ。

野村:かっこいいです。いいな〜、なんかもう、ほんとに安心したというか。すごく「フリーペーパー」の人たちだな〜と。

酒井:まあ…変態ですよね(笑)


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スノーボードが好きでそのカルチャーの本当の価値を伝えたいという思いが創刊から10年、絶えることなくお二人の中で燃え続けているのだなあと、お話を聞き終え最後に見せてくれた笑顔につくづくグッと来てしまいました。パッションとそれを外に伝える表現手段と、継続させていく力。フリーペーパー専門店スタッフとしてもとても共感でした。DEZZERT magazine次はいよいよ10周年号。楽しみで仕方ないです!



text・interview 野村(ONLY FREE PAPER)
photo 野村・松江(ONLY FREE PAPER)


2016-10-18 | Posted in OFP STAFF, インタビューNo Comments » 

 

インタビュー #2 「DEZZERT MAGAZINE」(前編)

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大判の表紙にどーんと甘そうな迫力あるデザートの写真。ページ数も相当、重みもしっかりある立派な雑誌。表紙をめくると心臓がドキドキするほど迫力あるスノーボードの写真やグラフィックが次々と登場します。最後まで見終わってみても文章らしい文章はなく、なぜこれがフリーなのか、誰が何のために、どうやってこんなにクオリティの高いフリーマガジンを作っているのか、とても気になるのです。そんなナゾのフリーマガジンの編集人・酒井隆光さん(タイトル画像:右)と、マガジン全般のかっこいいスノーボードの写真を撮っているフォトグラファー・小野塚章さん(タイトル画像:左)のお二人にお会いすることができました!

『DEZZERT magazine』

スノーボードのスタイルやかっこよさ、楽しさを写真とクラフトアートで表現し、カルチャーやアートの価値を発信し続けるフリーマガジン。現在は年1回の発行で、14号まで発行中。来年は創刊10周年にあたる。
ライディングの臨場感溢れるスノーボードのグラビアと表紙のデザートの写真が特徴。


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●DEZZERT magazine誕生の話

野村:まずはDEZZERT magazine誕生の経緯を聞かせてください。

酒井:最初のきっかけはですね…。もう12~3年くらい前、当時僕はアクションスポーツやファッションに特化した広告代理店で働いていて、そこでスノーボードメーカーの雑誌の広告やカタログなどを作ったりしていました。ある仕事でスノーボードのスチールカメラマンを探していたときに、たまたま章くんを紹介してもらったのが最初の出会いです。そこで初めて章くんの撮ったスノーボードの写真を見たら、めちゃくちゃかっこいい写真だったんです。それを見たときに、まだほとんど世に知られていない、その写真たちを、もっと世の中の人に見てほしい、スノーボードが大好きな人たちに「純粋にかっこいいスノーボード」というのを見てほしいと思ったのが最初のきっかけです。
ただ、今みたいにSNSが発達する前だったし、仕事をしながらどういう方法でこれを世の中に出していけばいいのか自分でもなかなか分からなくて…。で、何か良い方法はないものかなと2~3年考えて、自分自身が雑誌などの紙媒体が好きだったというのもあり、フリーペーパーで出そうということになりました。

野村:そこで”フリー”という選択になったのはなぜですか?

酒井:そもそもは、広告代理店で働いていたし、自分のいる会社で販売ができる、スノーボードの価値が伝えられる雑誌を出したかったんです。その当時はスノーボードの媒体といえばファション性やハウツーなど商業性の高い雑誌が多く、スノーボードそのものを一枚の写真で本当にかっこよく見せているマガジンがなかったので、「うちの会社で作りませんか?」と社長を説得したんだけれど「そんな利益にならないことはしたくない」と…。でもどうしても作りたかったので会社を辞めて、その上で色んなしがらみのない純粋な媒体を作りたいということで、フリーペーパーしかないなということになりました。で、会社を辞めて、まずは自費出版で第一号を作りました。

野村:会社を辞めて…!第一号は自費出版だったんですね。

酒井:そうです。フリーペーパーって広告費がないと出版できないので。ただ、世の中にまだこういうマガジンがなかったので、イメージができないものをメーカーにセールスしても、メーカーとしてもなかなか広告費は出し辛いですよね。スノーボード業界自体がそんなに潤っている時代でもなかったし。なので、まずは自費出版で作って、それをメーカーやお店の人に見せて…というかんじでしたね。

野村:第一号はどれくらい作ったんですか?

酒井:300冊くらい作りました。これが原点になりました。スノーボードのダイナミックな写真とクラフトアート、若手のグラフィックアーティストやフォトグラファーを特集したページ…。これまでこういうものがなかったので、反応はよかったですね。完全に自分たちが好きなことを表現して、何のしがらみもなく作ったのがこの最初の1冊です。

野村:では小野塚さんの写真がメインでスノーボードのかっこよさを伝える、というのはもう最初からコンセプトとしてあって、今もブレていない軸なんですね。

酒井:そうですね。まったくそこはブレてないです。

野村:小野塚さんは第一号の立ち上げから一緒に?

小野塚:僕は当時26歳。。。二十歳からスノーボードの写真でお金を頂きはじめライダーを撮ってるんですけど、マニアックなライダーが多かったんです。通常のスポーツマガジンは売れっ子のライダーを使うのが普通なので、この写真かっこいいと思っても使われなかったりして…。お金にもならなければ雑誌にも出ない、社会的な評価もない、という時期が6年間。僕自身『これは。。。俺何やってんだ?』と悩んでた時に
『章くんの写真で本作ってみない?』と。自分ではいい写真だと思ってるけど評価が全くない時期で、ホントに自分はいい写真を撮ってるのか?とか、自分の立ち位置が分からなかったので、これを出してダメだったらもう辞めようと思ってた。でも出したくらいから徐々に評価が変わってきた。今思うと単純に技術がなかったのかもしれませんね。

野村:では二十歳くらいから毎年冬は雪山へ撮影に…というかんじなんですね。もともとご自身でもスノーボードをされていたんですか?

小野塚:僕は生まれが越後湯沢なんです。石内丸山スキー場から徒歩2秒くらいのところに親父が民宿を経営していて、生まれも育ちも雪国。実家が民宿なので、冬になると子どもは「お前らゲレンデ行ってこい」って追い出されちゃう(笑)ゲレンデは自分の中では近所の公園みたいな感覚です。

野村:編集部としては3人いらっしゃるんですよね。もうお1人はどういった役割の方なんですか?

酒井:もう1人はアートディレクターの吉田孝史ですね。彼がクラフトを作ったり、ぺージデザインとか、こういうアートを…。
吉田も僕と同じ時期に同じ会社にデザイナーとして勤めてて、章くんの写真でこういうものを作りたいっていう相談をしたときに、彼は彼で世に出ているスノーボードの媒体に対して何か疑問を感じていたので、まあ同じモチベーションだったということで、3人でやろうか、となったんですね。

野村:会社を立ち上げたんですか?

酒井:いや…やっぱりフリーペーパーで飯を食っていくというのはさすがに難しくて、基本的にみんなが個人でそれぞれに仕事をしながら、これはこれとして別軸でやっているというかんじです。今は年に一冊作っています。今の時代に広告費だけでこれを出版して、みんなにちゃんと給料払ってというのはなかなか…。現状は広告収入は全て印刷と発送費に充ててますね。
まあ、基本的にはプラスマイナスゼロのところでやってるかんじですかね…。

小野塚:いやいやいやそんなことないよ!毎年みんな3万、5万くらい赤あるよね…。

酒井:まあね、クラフトの画材買ったり写真展の準備費とかね。あとフルーツ買ったりね。

野村:フルーツ(笑)

酒井:そう、フルーツ買ったり、ケーキ買ったり(笑)

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●デザートの話

野村:タイトルと表紙の「デザート」というのはいちばん最初からコンセプトが決まっていたんですか?

酒井:なんかね、こう…正体が分からないかんじがいいなと思っていて。表まわりと中身の違和感みたいなのとか。あと、甘いものの写真てなんか癒されるじゃないですか。で、開いてみたらちょっとソリッドなかんじのかっこいビジュアルがあるっていう、このギャップもいいし…。あとは言葉の響きとか。まあ、完全に僕の感覚ですね。

野村:なるほど。じゃそこは酒井さんの思いで…。

酒井:そうですね。勝手に決めました。

野村:そのあたりは小野塚さんと吉田さんはどうでしたか?

小野塚:うん、ぜんぜん。何かおもしろそうって。楽しんでました。
この去年の表紙(14号)の写真は、ネットでスポンジケーキ買って…。これ14冊目だから14段。

野村:え!お手製なんですか!?

小野塚:そう、近所のスーパーで生クリーム買ってきて、1人で家でこう泡立てて…積んで…。バタバタしながら撮る、みたいな…。

野村:えええ。撮影スタジオみたいなすごいところで撮ってるんだと思ってました。そしたら表紙は毎号そんな感じで手づくりなんですか?

小野塚:あ、オーダーで作ってもらったのもあるんですけど、だいたいそうですね。これ(11号)なんかは吉田と2人で渋谷に行ってアイス買って、そのまま駐車場で。前もって用意しておいた帯をカップに巻いて「早く撮れ!早く撮れ!」とかやってて…。これはだから…後部座席です(笑)

酒井:あとこの4号目のは中野ブロードウェイの地下にあるアイスクリーム屋さんですね。階段の踊り場で撮ったっていう。

野村:思ったより…すごいアナログ感ありますね。

酒井:そうなんです。アートもそうなんですけど、基本的にデジタル合成よりもクラフト感を大事にしていきたいというのがありますね。

小野塚:全部パソコン上でやっちゃったら、作ってるかんじがしないというか。そもそも足で雪山に登って写真撮ってという、超アナログな事をしてるんで…。

酒井:そうそうそう。

●制作の流れ

野村:制作の流れについて聞かせてください。毎号動き始める前に編集会議みたいなことはしているんですか?

酒井:まあ一回くらいは…しますね。でもそんなに中身のある話じゃなくて、近況を話したりとか仕事の話をしたりとか。マガジンの話はたぶん5分くらい…。

小野塚:全体の流れで言うと、まずシーズン中に僕がどんどん撮ります。で撮り貯めたもの多少セレクトして酒井さんに投げるんです。すごい量です。

野村:まずは写真なんですね。

小野塚:そう。で、酒井さんが大枠の台割をなんとなく組んで、それをまたこちらに戻してもらう。それを見ながら僕が今度は写真の微調整をして…ていうのを何回か繰り返して、徐々に尖ってきてある程度形になったものを吉田に。そこから吉田がインスピレーションを感じたものでアートを作っていく。「これとこれとこれ、アート入れるから」という話をしながら、今度はアートを入れるの以外でまた微調整したり。最終的にアートを入れたものをはめてみて、完成。

酒井:おもしろいのが、やっぱり一枚の写真でも、それぞれの視点があって、これがかっこいいとかこれはちょっと違うんじゃないかという意見が3人とも違ってる。1秒間に数コマ撮れる、その0.何秒の差でこっちの写真がいい、いやこっちがいい、みたいな微妙なこだわりをみんなすごい持っていて、そこの議論は面白いですね。

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●撮影の話

野村:被写体になるライダーはどういう繋がりで声をかけるんですか?

小野塚:だいたいは僕がスノーボードの写真を撮り始めてからの16年くらいの間に知り合った仲間ですね。もちろん毎年若い子もどんどん増えているんですけど、友人の知り合いだったり、メーカーの仕事で撮影したライダーだったり、コンテストで目についたライダーとかも。僕のスケジュールで好き勝手に僕が撮りたいヤツを撮ってます。だいたいみんな仲間との繋がりで声をかけてるんですけど、毎年どんどん声をかけて撮影して発行していることで、ライダー側からもいい写真を撮ってもらえると思ってもらえて「今度撮影あるんですけど来てもらえますか?」とか、こっちの撮影でも向こうの撮影でも、お互いに声をかけ合える。シーズン中は仕事での撮影の合間を縫って色んなヤツに連絡してスケジュールを組んで撮影してますね。デザートマガジンでは自分のプライベートな時間で撮ってるのがだいたい7割くらいで、あとの3割が何かしら仕事を絡めたやつを、そのメーカーさんや主催者側の許可を得て使わせてもらってます。

酒井:やっぱり誰でも撮れるわけじゃなくて、ライダーとカメラマンとの信頼関係がないといい写真て全然撮れないんですよね。ライダーがどのタイミングでいちばんかっこよくターンするかとか、どこのライン狙ってくるかとか、ある程度コミュニケーションをとってお互いの信頼関係がないと、いい写真はぜったい撮れない。

小野塚:いいこと言うね。

酒井:ほんと、それはね。このカット(※13号 本チャプター上部。雪山でのライディングカット)とか、どこを当て込んでどのスピードで入ってくるかとかは、彼のスノーボーディングを知ってないと撮れないんですよ。

小野塚:僕の山の写真はこの星野俊輔というライダーが多いんです。彼とは結構付き合いが長くて、だいたいマンツーマンで撮影してますね。これは最初僕が撮ってる位置で2人で話してるんです。「こうきて、この月の溝の30mくらい下のこの膨らんでるとこあるでしょ。ここでターンしてもらいたいんだよね。」とか。たぶんこれを撮る10分くらい前ですね。で「わかった。このへんね。」って、ここでちゃんとターンしてくれてる。

酒井:ライダー的には、山を見る技術だったり自分がどのスピード感でどういうターンをすればかっこいいラインが入るのかということをちゃんと自分の頭に描けてないとできないんですよね。
別の視点で言うと、こういう山に行くと雪崩や遭難の危険性というものが常にあるから、そういう命の信頼関係ももちろん築けてないといけない、というのもあります。なのでまあ、山の技術も、山の知識や経験もちゃんとないと、こういう写真は撮れないんです。

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小野塚:僕はそこまで山岳カメラマンじゃないんです。山の撮影も好きなんですけどゲレンデの撮影や
特殊なロケーションの撮影も大好きで、ライダーも色んなタイプがいるんで。それぞれが活きるところを撮りたいんです。ちなみにこれは女性ライダーで(※11号 本文章上部)、この階段オレらが作ったんです。

野村:えええ!

小野塚:ホームセンターで材木買ってきて、潰れたゲレンデの麓で作ってみんなで持ち上げて、穴掘って設置して…。で、夜に撮影。

野村:すごい手づくりですね…!こういうことやろうよ、っていう企画はまずはどこから出てくるんですか?

小野塚:それはもう、滑り手発信、撮り手発信…てんでばらばらです。ライダーがローカルだと現地のセッティングができたりもしますし。あとは、廃墟とか、ちょっと書けないかんじのやつも…。

野村:ああ〜確かに…。

小野塚:たとえばコンディションが悪くてゲレンデだとあまりいい撮影ができない、っていうときもあるんですけど、天気悪いから何もしないというわけにはいかないんですよ。時間も限られてるので。だから滑り手とみんなでロケハンしながら、「あ、あそこどう?」とか「あれ廃墟じゃない?」「ちょっと行ってみようぜ」となったりして。でそのままもう「あの上からドン!ドン!ドン!って降りて来れない?」「わかった。やってみるわ。」みたいなかんじでバーッと撮って「次行こうぜ」とか。

野村:なるほど〜。そういうのはもうゲリラ的に行って撮ってくるかんじなんですね。

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小野塚:そうなんです。いきなり行ってすぐ終える。あ、これ(※10号 歩道橋でのカット)なんかはもう完全にヤバいやつですね…。これは国道沿いの歩道橋で…。警察来たら一発で持ってかれるやつです…。

野村:もはや時間との戦いですね…。こういうのはもう一回でキメるみたいなかんじですか?

小野塚:いやいやいや。これがまた大変なんです。ドキドキしながら…。日中はまだいいんですけど、夜はストロボとか投光器とかを焚かないといけないんで、けっこう目立つんですよね…。

野村:まあ、目立ちますよね…。

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小野塚:これ(※10号より。トンネルでのライディングカット)は夜中なんですけど、車道に雪をめっちゃ敷いて…。

野村:ここは車は通らない道なんですか?

小野塚:いや、通ります。僕は道のド真ん中にいて、ライダーの彼に無線で「今車来たからちょっと待って!」とか。

野村:普通に車通るんですね…。
ゲリラ撮影してて、怒られたこととかあるんですか?

小野塚:ぜんぜんあるんですよ…。ほんとに…。30代で子どもいるのに…。

酒井:警察と一緒にいる写真がインスタとかによく上がってます(笑)

小野塚:近所の人が通報しちゃったりとか…。けっこうな勢いで怒られます。でもすぐ帰るって言っておとなしく帰るので注意止まりです。故意に何かを壊したりしてるわけではないので。で、一回近くのファミレスで作戦会議して、「よし、じゃ2時間後にもう一回行くか」とか。あるいは夜中とか翌日とか。どうしてもやりたいんで。

野村:諦めないんですね。

酒井:アメリカのスケーターたちもそうですけど、横乗りのカルチャーのちょっと反社会的な部分というか。そこがまあ…かっこよかったりするんですけど。

小野塚:でも基本的にある程度の線引きがあって、”怒られる範囲内の場所”にしてます。この線超えるとアウト、というところのギリギリまででやってる。まあ、ギリギリなので、ケガも多いですよ。

野村:そうですよね…。

小野塚:階段でコケて頭ぶつけちゃって、10分くらい休憩してから「オレなんでここにいるの」って言い出したり。説明してもまた2,3分で「オレなんでここにいるの」って…。記憶飛ばしちゃって。

野村:それはこわい…。でも、それでもやらずにはいられないんですね。

小野塚:そうみたいですね。ライダー達は本当にスゴイです。

野村:何というか…。作る側の姿勢がとてもフリーペーパー的で嬉しいです。

酒井:スノーボードをライフスタイルとして好きな人が見てももちろん、全然スノーボードに興味がない人が見ても、あ、スノーボードってかっこいいんだな、ってちょっとでも感じてもらえたらいいなと思って。

野村:それはもう、すごい感じます!

立ち上げエピソードから撮影裏話まで、ワクワクしっぱなしの前半でした。それにしてもお二人、本当にスノーボードへの思いが溢れております。さらっとかっこ良く、なんかではなく、もうアツ苦しいくらいのスノーボードへの思いで作り続けていることが伝わってきます。そしてマガジンを無料で発行し続けることへの思いやこれからのことなどのお話が飛び出す後半へと続きます!

text・interview 野村(ONLY FREE PAPER)
photo 野村(ONLY FREE PAPER)


2016-09-25 | Posted in OFP STAFF, インタビューNo Comments » 

 

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