トキン

未知への挑戦状

20160807


渋谷パルコのONLY FREE PAPERがクローズとなりました。
自分が前回投稿したのがとても前なので、このタイミングで書くのはどうかと思いつつ、このタイミングだから書きたい事があり、書くことにしました。

私は渋谷という街に変な対抗心を燃やしています。
それはほとんど怨念であり、内訳は対人恐怖と、埼玉育ちであるコンプレックスが50/50であると推測されます。
そのため、一番最初に弊誌「ゾンビ道場」を作り、パルコに行く時の緊張と動揺は恐ろしいものでした。
パッションと消費意欲に溢れた渋谷の雑踏におののき、強迫的に部数を確認しつつ、それでも私は「着いたら安心、軽妙な雑談を展開する」という願望を捨てませんでした。人間やれば出来る、そう思っていたのです。

しかし、メンタルが不調である旨をペーパーに書いた自分が、突然世渡り上手になれる訳はなく、以後、私は今に至るまで

・OFPに行く為に外に行こうと決める(目標の設定)
・ゾンビ道場を渡す自分の姿をシミュレーションする(計画)
・周囲のお店を適当に歩く事で、緊張を緩和しようとする(試行錯誤)
・なかなか行かない(逃避)
・「よし、早く行こう」と心を決める(意思決定)
・OFPに着く。ゾンビ道場を渡す。(執り行い)
・軽妙な雑談をしようとして出来ない(挫折)
・緊張から解放の為、ドトール等に入るが動揺して注文が決められない(混乱)
・焼き菓子等を注文し安堵(安定)
・「外に出られた」という自負を得る(自己肯定)

という流れを数年に渡り繰り返す事になります。まるで巡礼のようです。

いつか「軽妙な雑談」が難なく行える時が来るのかと待っていますが、最近になってやっと、緊張しながら持って行く事も含めてペーパー作りなのかなと思うようになりました。
そのような発見が、醍醐味だとも思っています。

人と出会い、自分と同じような悩みを抱えた人について知ること、様々な想いの中でフリーペーパーを作っている方と出会うこと。
緊張と重みを持ちつつ赴いたイベントで「あまり緊張せず軽く作れるのがフリーペーパーの醍醐味ですよね」言われて愕然とすること…。
それもまた発見です。発見したいです、その軽妙さはぜひ、これから…。

渋谷店がなくなってしまったのは寂しいですが、次々と新しい試みを続けているOnly Free Paperから、今後どんなことが発見できるのか、とてもワクワクしています。


プロフィールトキン Tokin
1983年生まれ。自分の精神疾患の病状をしゃべるフリーペーパー「ゾンビ道場」を発行しています。キーワードはメルヘンとメンヘル。イラスト、絵画、ライブペイントなど、アグレッシブに絵を描く病人です。
web site:http://tokin.info/
Twitter:http://twitter.com/Tokin0528



2016-08-11 | Posted in PEOPLE, トキンNo Comments » 

 

毎日と生きる事

20160117カット

だいぶ久しぶりの投稿になってしまいました…。
ここのブログで、生きづらさとか障害とかの話を書かせて頂いていますが、障害とアートについて、最近ちょっと考えていたので、書いてみることにしました。

アールブリュットやエイブルアートなどのジャンルがとても注目されていますが、これまで私は敢えて着目しないようにしていました。そういう分野を語るときに出てくる「作品が素晴らしければ障害なんて関係ない」という言葉に、いつも悶々としてしまうからです。

まず、病を持つ人と、それを見ている人の隔たりを「関係ない」と言えるの?という違和感。それから、他にも悶々とする理由はたくさんあるんですが、理由でも理屈でもなく、もっとどうしようもない部分で障害当事者としての自分がこう言うのです。
「病かどうかが『関係ない』と言える人はいいよなあ!」と。
それはもう、作家とか作品とかいう以前の、嫉妬とかコンプレックスとか、そういうどうしようもない感じのものです。

作品的に意味がある事と、普通の社会で普通に暮らす上で意味がある事って私にとってはイコールではなくて、病気のことをオープンにして活動をしているとよく、その境目があやふやになります。
例えば、連日「死にたい」と思いながら絵を描いているけど、絵はさておきとりあえず風呂入った方がいいし、そろそろ床も掃除機かけないといけないけどウググ…みたいな事もあるし、逆に、全然絵は描けないけど毎日快適、という事もあって。
そういう生活の中で生きるのって、全然「作品が良ければ関係ない」と割り切れるものではなくて、それを言っちゃえる人との間に壁を感じてしまうんです。

ただ、最近なんとなくわかってきたのは、死にそうになりながら作ったものが評価されたら意外と死なないで済む、という事。
「死にたい」と一人で考えている時って、本当に全てに絶望しているんですが「死にたいほど絶望している」と絵に描いて、それを誰かに見せると、制作が「絶望の先」になるんです。

それが解ってくると、だんだん期待するようになって「絶望の先で誰か『youの絶望、めっちゃええやん』って言ってくんないかな~。ていうか言われたいな~。」と思うようになり、とりあえずこれをサイトにアップしてから死ぬかどうか考えようかな…。あまつさえ展示とかしてみちゃおうかな…、なんて考えるようになり、最近はそのようにして、死にたい気持ちと付き合っている気がします。

「アートが人を癒やす」とか言われたら、まだ「はあ~?」って言ってしまいます。メルヘン纏えど心はパンク!でも苦しさの先に作品があり、その先に人がいるんだという事で救われる場面が最近かなり増えてきました。
悔しいけど、これがもしかしたら「アートに癒やされている」という事なのかもしれません。

そして、これはもしかしたら躁状態で書いているテキストかも知れません。と、いま思いました。一昨日まで寝込んでいたのでかなりその可能性が高いです。
でも、だからこそ、こうして久しぶりに文章が書けたわけだし、まあ多分良いのです。後々、誰かが「youの躁状態、めっちゃええやん」って言ってくれる事に期待しようと思います。


プロフィールトキン Tokin
1983年生まれ。自分の精神疾患の病状をしゃべるフリーペーパー「ゾンビ道場」を発行しています。キーワードはメルヘンとメンヘル。イラスト、絵画、ライブペイントなど、アグレッシブに絵を描く病人です。
web site:http://tokin.info/
Twitter:http://twitter.com/Tokin0528



2016-01-18 | Posted in PEOPLE, トキンNo Comments » 

 

手放せないなら一緒に持とう

来月、ライブペイントで出演するイベント「カウンター達の朗読会」のプランをこのところずっと考えています。
このイベントは、精神的な問題などの「生きづらさ」についてがテーマになっているので(詳細は文末、またはこちらをどうぞ…)、最近、病気と絵のことを話したりプロフィールに書く機会が前より増えました。

そうして考えていると、どうしても思い出すのが入院していた時のこと。その中で書き出していた文章をここに放流してみることにしました…。

20150607繧ォ繝・ヨ

仕事ではないけど、休みでもない。あるいは、休みではあるけど、最高に休まらない時間。
入院生活は、夏の暑さも相まって、なんだかエアポケットのような不思議な印象で記憶に残っている。
(薬でぼーっとしてたというのが大きいんだろうけど)

毎日毎日話したのに、もう名前も覚えていない人。いなくなった人。遠くからお見舞いに来てくれた友達。笑ってるような困ってるような家族の顔。泣きながらどっか行っちゃった友達。
いろいろ。

すごい変だった事がたくさんあった。

自分の苦しさを置き去りにして、自殺未遂について「迷惑かけちゃった」と言った人。
「迷惑だから治す」と言う彼女の努力の矛先はどこへ向かっているんだろうと思った。治すにしても、彼女の生は、彼女のものなのに。

自分の意見を泣きながらぶちまけた友達が行動制限を受けていたのも不思議だった。きっと、発露の仕方に問題があったんです。それが今ならわかるけど、その時はピンと来なかった。思い切り表現する彼女の態度に「いいなあ」と思っていたし、黙っていたら鬱になるのに言ったら言ったでアウトなの か?なんて考えて、私は「へえ、大変だね」とか言っているだけのタイプだった。

「へえ、大変だね」と言っている自分も大変だった。でも何が大変なのかわからなかった。何が大変なのかわからなかったから、なかなか退院出来なかった。(とんちみたいだよね)

そこにいる人は、当たり前だけど、みんな大変だった。


自分のことはもちろん、入院していた人の事も、スタッフのことも、たくさん考えた、感じた。そして考えれば考えるほど「考えない方が良いよ」と言われた。そこがよくわからなかった。

決して楽しくはなかったけど、私にはとても大事な時間だったよ。
でもさ、それを話すとき、私はいつもこう言うんだ。

「超迷惑かけちゃった。精神科に入院とかやばくない?」

しかも笑って言うのさ。何も可笑しくないのに。
死ぬほど苦しかった事を「やばくない?」って突き放して笑う私の方が、よっぽどやばいよ。


あの時、直に感じて触れた、人の気持ちの奥の事。それをものすごく愛おしく感じた事。そして、それと相対する「そういうものと距離を置く方が健康的という考え方。
でも、そこを見て見ぬふりしてあまり触れず生きていくのが良いのだとしたら、私は何を見て誰のためにものを考えたら良い?

人の気持ちの話が好きだ。
極端に振り切ってしまう人とか、極端に振り切らずにいられなかった程の情動に、ものすごく惹かれる。いびつな顔で取り繕ったりしないで、楽しい事は楽しいと言えるように。悲しい事は悲しいと思い切り泣いたりワガママ言ったり、散々ふさぎこんだりして欲しいといつも思っている。
(なんて!いい事を言っている風だな。誰より、私がそうしたかっただけだ)

素直に泣くなんて、そんなのすごく難しい。泣いてもなにも解決しないし。わかってるけど、わかってるから、敢えてそういうものを作りたい。

涙と鼻水でぐずぐずになったとき、手に取るのが、ふわふわのタオルだったらちょっと良いじゃない。
死にたい気分で倒れ込んだベッドに、柔らかいクッションがあったら、ちょっとだけ良いじゃない。

「最悪」から少し目を反らしたくなったとき、自分の絵が機能してくれないかといつも思っている。共感か、安心か、気紛らわしか、そういうものを作りたい。

————————

私が、彼女達が、手放せなかった「生きること」を、細い糸みたいにして、つなげて、考えていきたいです。
全然タフじゃない。まだ糸だよ。ロープなんかになってない。
でも、これでも、結構繋がってさ、割と太い糸にはなったと思うんです。

20150617蜻顔衍

生き辛さを抱える全ての人へ捧げる朗読ライブ
「カウンター達の朗読会vol.7」
~きみの手でカウンターパンチをするための57577~

2015年7月11日(土)
会場 新宿 ネイキッドロフト
OPEN 18:30 / START 19:30
前売/予約 ¥1,500 / 当日 ¥2,000(共に飲食代別)

【出演】
成宮アイコ(こわれ者の祭典)
葛原りょう(大衆文藝ムジカ 編集長)
Tokin(ライブペインティング)
タダフジカ(ギター&クラリネット)
川瀬由紀子(ピアノ)

前売りチケット情報、イベント詳細はサイト(http://tokin.info)をご覧下さいませ。
よろしくお願いします!


プロフィールトキン Tokin
1983年生まれ。自分の精神疾患の病状をしゃべるフリーペーパー「ゾンビ道場」を発行しています。キーワードはメルヘンとメンヘル。イラスト、絵画、ライブペイントなど、アグレッシブに絵を描く病人です。
web site:http://tokin.info/
Twitter:http://twitter.com/Tokin0528



2015-06-20 | Posted in PEOPLE, トキンNo Comments » 

 

わたしとあなたの会話の話

20150414カット

「私は私で生きるんだ」と言う人に対して「かわいそうだなー」と言った人がいた。
何がかわいそうなのか訊いたら
「「私は私で生きるんだ」って敢えて言わなきゃいけない気持ちを想うとねー」
とのことだった。
なるほど。

「自分が自分で生きられない」のはなぜなんだろう。

「普通に嬉しい」「素直に嬉しい」という言い回しがある。あの言葉に私はいつ
も違和感を感じるんだけど、それがもしかしたらこの問いに対する答え かもし
れない。

本音の意見の前に入っている「素直(に見える)」「普通(と言われる)」という、
視点。
それは恐らく、一般的にそう言われるだろうとか、そう言っていた人がいるとか
いう基準から推測されたものだ。
でもその推測って、私とあなた、の間でしゃべる時本当に必要なものなんだろうか。

私が誰かとしゃべる時、当たり前だけど私が聞きたいのはその人の意見であっ
て、その意見が一般的にどう見えるか、どう判断されるかは関係ない。
(だって、私の物差しがその「一般的」かどうかは、わからないでしょ)

変に思われるかもしんないけど、変に思わないかもしれない!
あなたが「変に思われるかもしんない」と感じている事、私はとっても魅力的に
感じるかもしれない!
それを自分から閉ざしてしまうのって、結構もったいないなと思うのです。

枠組みや、経験からの推測がまったくない所でものを考える・発する、なんてこ
とはとても難しいけど、どの枠組みにはまるか、どの経験を当てはめる かは自
分の自由。
「嫌われる自分」の枠組みをあらかじめ作って、その中に本音を閉じ込めるっ
て、なんだかそんなの淋しすぎます。
大事な人にそれをされたら、私は結構淋しいぞ!

とはいえ、私もかなり身に覚えがあるので、こうやって文章を書いていても「く
う、自戒だなあ」という感じがします。
嫌われるのってすごい怖いから、なるべく無難な自分でいたい。
でもこの「自戒だなあ」というげんなりした感じも、苦笑いで誰かとシェア出来
たらそれってちょっと幸せかも、って思うのです。


プロフィールトキン Tokin
1983年生まれ。自分の精神疾患の病状をしゃべるフリーペーパー「ゾンビ道場」を発行しています。キーワードはメルヘンとメンヘル。イラスト、絵画、ライブペイントなど、アグレッシブに絵を描く病人です。
web site:http://tokin.info/
Twitter:http://twitter.com/Tokin0528



2015-04-14 | Posted in PEOPLE, トキンNo Comments » 

 

打ち明け話は誰の為?

こんにちわ。前回の投稿からまた随分経ってしまいましたが、相変わらず、絵を
描きつ つ、ぐるぐるいろんな事を考えています。

そんな中、先日こんなイベントを行いました。
■「ライブハウスいってみるツアー」
http://blog.livedoor.jp/marshmallow83/archives/2014-10-22.html

かいつまんで言うと、
「ライブハウスって、行った事ない人にとっては怖いと思うけど、素敵な所だか
ら来て 欲しい!」
「『そういう所に一人で行くのは勇気がいるなあ』と思っている人がいるなら、
同じような人皆で来てみるというのはどうでしょう!」
という趣旨で、私達が出演するライブイベントに来るイベントを作ってみた…と
いう感 じです。

新しい場所に出るきっかけが欲しい人を呼びたい、という気持ちが強くあり、
「生きづ らい人同士でライブハウスへ行ってみるツアー」という単刀直入なイ
ベントタイトルをつけたのですが、やってみて、嬉しかった事はもちろ ん、反
省して考えた事がいろいろありました。

その中で、とりわけ大きかったのが、自分で作った「生きづらい人で」という趣
旨その ものです。
発案した時点では「何かつらさを持つ人同士なら、普段話しにくい事も話せるん
じゃな いか」という発想だったのですが、いざやってみて、また、企画を進め
る中で自分の気持ちを反芻した時どうしても否定出来なかったのが、 「生きづ
らさを持つ人」の対比として「生きづらさに関係ない人」というの を無意識に
想定していたことでした。
「生きづらい」という事も、あまり強く強調すると、わかりやすい「生きづら
さ」を持 たない人の口を静かに塞いでいくことになるのですね。
気軽に入ってこないで!というような感じになってしまうというか。(もちろん
それが 必要なこともあるんだけども…モヤモヤ)
これは、自分が企画して行動するまで、実感としてあまり気が付く事が出来ませ
んでし た。

20141211

どこからがつらい/つらくない、なんていう線引きをする事に意味はありません。
でも、まったくボーダーレスに話したり、公にするというのもまた、難しいと思
いま す。
ゾーニングされた中だからこそ話せる、相談出来る事柄というのはたくさんある。
でも、その区分けが仲間はずれの理由になってはいけなくて…。

私は活動家や専門家ではないので、そこまで思い詰める必要はないといえばない
んです が、「痛み」というテーマにクローズアップして制作をする者と して、
また、小さな媒体ではあるけれどフリーペーパーという形で言葉を発信している
者として、自分が何か言ったり発信する時には気をつけねばと思った事柄 でした。
やってみないと解らないことってたくさんあるんだな。
まだまだ考え中ではありますが、少しずつ、作って、動いて、発信してまた考え
ていきたいです。


プロフィールトキン Tokin
1983年生まれ。自分の精神疾患の病状をしゃべるフリーペーパー「ゾンビ道場」を発行しています。キーワードはメルヘンとメンヘル。イラスト、絵画、ライブペイントなど、アグレッシブに絵を描く病人です。
web site:http://tokin.info/
Twitter:http://twitter.com/Tokin0528



2014-12-16 | Posted in PEOPLE, トキンNo Comments » 

 

正義感の矛先

正義感とは何なんだろう?という事について考えています。
というのも、SNSを見ていて私が最近怒っているのが、社会問題の告発、あるいは
啓発のつもりでツイッターFacebookでシェアされてくる、動物実験でかわいそう
な状態になった
動物や、放射能などで酷い姿になった(という事になっている)人の写真などです。

写真そのものがどうかというより、それを誰かに訴えかけるつもりで
ネットで拡散する無神経さが理解出来ず、相当イライラしてしまいました。

衝撃的な写真や文言を使えば、見た人はびっくりして問題に気がつかざるを得な
いでしょう。
でもそれって、やり方としてあまりに暴力的過ぎるんじゃないでしょうか。

ちょっと前に、お母さんが子供を蹴っ飛ばしているという児童虐待の現場を撮った
衝撃的な動画が拡散された事がありました。
もちろん、虐待は許される事ではないけれど、見る側が視聴の可否を選べない形で
拡散する事が問題の啓発として意味がある行動だとは、私には全く思えませんで
した。

動画や写真の拡散について、発信者が言う「広くいろんな人に訴える」の、
「広くいろんな人」の中に、傷ついた本人達が含まれていないように思えたんです。
それがとっても嫌だった。

例えば、虐待を受けたことのある人がそれを目にしたらどう思うのか。
例えば、動物をかわいそうな状態で失った事がある人が、
むごたらしい動物の姿をいきなり突きつけられたらどう思うのか。
拡散している人が言う「正義」は、そういった事について考えられてはいない、
とてもインスタントな物に見えました。

小さき者・弱き者が何かに脅かされた。
その現実は、確かに目を背けてはいけない問題ではあると思います。
しかし、無差別に押しつけるようにして目を向けさせるやり方でそれを提示する
ことは、
個人の正義感を満たす以上の意味を持たないのではないでしょうか?

暴力反対!という事を、ほぼ暴力的な声で高らかに叫んで、それのどこが暴力反
対なんでしょう。

20140710-72

何が正義か、何が今考えるべき問題か。それに対して自分が何を感じるのか。
それは、各々の中で決められる事であり、結論ありきで「これが正義だ!」と
押しつけられるものではありません。
また、それについて考えるかどうか、という所から選ぶ権利があるのです。
本当に、それらを守りたい・訴えかけたいという気持ちがあるのであれば、
受け入れてもらえるような方法でアピールして欲しい。

忌まわしい事実を拡散する為に、拡散する正義感を振り回す為に、
傷を持った当事者に「痛いだろ言うけど少し犠牲になってね」
というようなやり方は、私はとっても受け入れられません。
誰かの痛みは、対外的に問題提起をする為のツールではないのです。

—————-
お知らせ:
今月いっぱい高円寺にて、「夢日記」をテーマにした小さな個展を行っています。
ぜひぜひお越し下さいませ!

Print

Tokinミニ個展「おやすみなさいの向こう側」
会場:高円寺 ギャラリーめばちこ
会期:7月5日(土)~27日(日)
(上記日程の土曜日 日曜日のみ開廊:
5土 6日 12土 13日 19土 20日 26土 27日)

開廊時間 12:00~19:00 入場無料

詳細はホームページをご覧下さい。よろしくお願いします~。
http://tokin.info/


プロフィールトキン Tokin
1983年生まれ。自分の精神疾患の病状をしゃべるフリーペーパー「ゾンビ道場」を発行しています。キーワードはメルヘンとメンヘル。イラスト、絵画、ライブペイントなど、アグレッシブに絵を描く病人です。
web site:http://tokin.info/
Twitter:http://twitter.com/Tokin0528



2014-07-10 | Posted in PEOPLE, トキンNo Comments » 

 

1 / 212