トキン

Tokin ブログ  検証・話しにくい事はなぜ話せないのか



はーい、こんにちわ!

前回の投稿からずいぶん空いたので「突然書くのも悪いのかな」とぼやいた所、松江さんから「空気は読まない方向で」と言われたので、張り切って書きます。

いきなり宣伝っぽくなりますが、今度、3月25日に「垣根を乗り越える」というワークショップを西荻窪で行います。アートと対話でコミュニケーションについて考えようというイベントで、今回は「話しにくい事を話題にして話すこと」をテーマにしています。
(詳細はこちら

そこで、ここ数日、私自身の「話しにくい事」を考えていました。みなさんが日々コツコツ積み上げている「話しにくい事」はなんですか?

私自身の話しにくい事、それは「だいたい24時間うつ状態であること」です!!
通常の挨拶として「やっほー、元気?」と言われると反射的に「あー、いや?まあ〜、うん。」と煮え切らない言葉を返しますが、正直、大体元気じゃないので最初から「やっほー、うつ状態?」と挨拶される方が合「うん」で済み合理的かもしれません。
でも、まさかそんな事は言えないですね…。なぜなんでしょうか…。

理由その1「人を心配させるから」
親しい人から「24時間うつ状態」なんて言われたら大体の人が「大丈夫?」って言いますよね。
しかし先日、超思い切って家族に「だってもう長らくずっとうつ状態なんだよ」と思いつめた顔で打ち明けたところ「だよね〜」と言われて衝撃を受けました。
少しは「大丈夫?」って労って欲しかったような気もしましたが、今後とも変わらぬご愛顧を賜りたくお願い申し上げたい所存です。

理由その2「嫌われたら嫌だから」
嫌われるのいやですね!私は嫌われるのかなりいやですね!でもよく考えると、うつ状態だからという理由で嫌われたら、今後親しくなっても早々に疎遠になるんじゃないでしょうか。

理由その3「会話が暗くなるから」
せっかくのtalk timeですから、暗いよりは楽しい方がbetterですよね。それに対する対策といたしましては、以前人から言われた「嘘ついてまで笑ってられても困る」という言葉を無心で唱える事で相手を信頼、本音で対峙するよう心がけていますが、もしそれで嫌われたら(以下略)

暗くなりそうな話題はやはり言いにくいし書きにくいようですね…。
なるべく素直に生きていくよう努めてはいますが、本音と建前を使い分ける汚れっちまった大人の私が、pureなteensのようにinnocentなheartで人と対峙するのは容易ではありません。大体いま、不要な英語を投入する事で文章を明るくしようと努めている私って、めちゃくちゃ真面目じゃないですか?

これまでも、ここのブログでは、相手と向き合う方法についてよく書いた気がします。そこでふと、2年前の記事を見たら
「「嫌われる自分」の枠組みをあらかじめ作って、その中に本音を閉じ込めるって、なんだかそんなの淋しすぎます。大事な人にそれをされたら、私は結構淋しいぞ」
と書いてあるのを見つけてしまいました。http://onlyfreepaper.com/tokin_20150414
そして私は何事もなかったかのようにウインドウを閉じ、今に至ります。

2年前の自分の言説を借りると
「変に思われるかもしんないけど、変に思わないかもしれない!
あなたが「変に思われるかもしんない」と感じている事、私はとっても魅力的に
感じるかもしれない!」との事です。大事な事は何度でも復習した方が良いですね。

最後に、いま最大に書きにくい事として「私もOnly Free Paperで絵のイベントをやりたい」と書き残し、今回の文章を締めさせていただこうと思います。ご清聴ありがとうございました。


プロフィールトキン Tokin
1983年生まれ。自分の精神疾患の病状をしゃべるフリーペーパー「ゾンビ道場」を発行しています。キーワードはメルヘンとメンヘル。イラスト、絵画、ライブペイントなど、アグレッシブに絵を描く病人です。
web site:http://tokin.info/
Twitter:http://twitter.com/Tokin0528



2017-03-20 | Posted in PEOPLE, トキンNo Comments » 

 

未知への挑戦状

20160807


渋谷パルコのONLY FREE PAPERがクローズとなりました。
自分が前回投稿したのがとても前なので、このタイミングで書くのはどうかと思いつつ、このタイミングだから書きたい事があり、書くことにしました。

私は渋谷という街に変な対抗心を燃やしています。
それはほとんど怨念であり、内訳は対人恐怖と、埼玉育ちであるコンプレックスが50/50であると推測されます。
そのため、一番最初に弊誌「ゾンビ道場」を作り、パルコに行く時の緊張と動揺は恐ろしいものでした。
パッションと消費意欲に溢れた渋谷の雑踏におののき、強迫的に部数を確認しつつ、それでも私は「着いたら安心、軽妙な雑談を展開する」という願望を捨てませんでした。人間やれば出来る、そう思っていたのです。

しかし、メンタルが不調である旨をペーパーに書いた自分が、突然世渡り上手になれる訳はなく、以後、私は今に至るまで

・OFPに行く為に外に行こうと決める(目標の設定)
・ゾンビ道場を渡す自分の姿をシミュレーションする(計画)
・周囲のお店を適当に歩く事で、緊張を緩和しようとする(試行錯誤)
・なかなか行かない(逃避)
・「よし、早く行こう」と心を決める(意思決定)
・OFPに着く。ゾンビ道場を渡す。(執り行い)
・軽妙な雑談をしようとして出来ない(挫折)
・緊張から解放の為、ドトール等に入るが動揺して注文が決められない(混乱)
・焼き菓子等を注文し安堵(安定)
・「外に出られた」という自負を得る(自己肯定)

という流れを数年に渡り繰り返す事になります。まるで巡礼のようです。

いつか「軽妙な雑談」が難なく行える時が来るのかと待っていますが、最近になってやっと、緊張しながら持って行く事も含めてペーパー作りなのかなと思うようになりました。
そのような発見が、醍醐味だとも思っています。

人と出会い、自分と同じような悩みを抱えた人について知ること、様々な想いの中でフリーペーパーを作っている方と出会うこと。
緊張と重みを持ちつつ赴いたイベントで「あまり緊張せず軽く作れるのがフリーペーパーの醍醐味ですよね」言われて愕然とすること…。
それもまた発見です。発見したいです、その軽妙さはぜひ、これから…。

渋谷店がなくなってしまったのは寂しいですが、次々と新しい試みを続けているOnly Free Paperから、今後どんなことが発見できるのか、とてもワクワクしています。


プロフィールトキン Tokin
1983年生まれ。自分の精神疾患の病状をしゃべるフリーペーパー「ゾンビ道場」を発行しています。キーワードはメルヘンとメンヘル。イラスト、絵画、ライブペイントなど、アグレッシブに絵を描く病人です。
web site:http://tokin.info/
Twitter:http://twitter.com/Tokin0528



2016-08-11 | Posted in PEOPLE, トキンNo Comments » 

 

毎日と生きる事

20160117カット

だいぶ久しぶりの投稿になってしまいました…。
ここのブログで、生きづらさとか障害とかの話を書かせて頂いていますが、障害とアートについて、最近ちょっと考えていたので、書いてみることにしました。

アールブリュットやエイブルアートなどのジャンルがとても注目されていますが、これまで私は敢えて着目しないようにしていました。そういう分野を語るときに出てくる「作品が素晴らしければ障害なんて関係ない」という言葉に、いつも悶々としてしまうからです。

まず、病を持つ人と、それを見ている人の隔たりを「関係ない」と言えるの?という違和感。それから、他にも悶々とする理由はたくさんあるんですが、理由でも理屈でもなく、もっとどうしようもない部分で障害当事者としての自分がこう言うのです。
「病かどうかが『関係ない』と言える人はいいよなあ!」と。
それはもう、作家とか作品とかいう以前の、嫉妬とかコンプレックスとか、そういうどうしようもない感じのものです。

作品的に意味がある事と、普通の社会で普通に暮らす上で意味がある事って私にとってはイコールではなくて、病気のことをオープンにして活動をしているとよく、その境目があやふやになります。
例えば、連日「死にたい」と思いながら絵を描いているけど、絵はさておきとりあえず風呂入った方がいいし、そろそろ床も掃除機かけないといけないけどウググ…みたいな事もあるし、逆に、全然絵は描けないけど毎日快適、という事もあって。
そういう生活の中で生きるのって、全然「作品が良ければ関係ない」と割り切れるものではなくて、それを言っちゃえる人との間に壁を感じてしまうんです。

ただ、最近なんとなくわかってきたのは、死にそうになりながら作ったものが評価されたら意外と死なないで済む、という事。
「死にたい」と一人で考えている時って、本当に全てに絶望しているんですが「死にたいほど絶望している」と絵に描いて、それを誰かに見せると、制作が「絶望の先」になるんです。

それが解ってくると、だんだん期待するようになって「絶望の先で誰か『youの絶望、めっちゃええやん』って言ってくんないかな~。ていうか言われたいな~。」と思うようになり、とりあえずこれをサイトにアップしてから死ぬかどうか考えようかな…。あまつさえ展示とかしてみちゃおうかな…、なんて考えるようになり、最近はそのようにして、死にたい気持ちと付き合っている気がします。

「アートが人を癒やす」とか言われたら、まだ「はあ~?」って言ってしまいます。メルヘン纏えど心はパンク!でも苦しさの先に作品があり、その先に人がいるんだという事で救われる場面が最近かなり増えてきました。
悔しいけど、これがもしかしたら「アートに癒やされている」という事なのかもしれません。

そして、これはもしかしたら躁状態で書いているテキストかも知れません。と、いま思いました。一昨日まで寝込んでいたのでかなりその可能性が高いです。
でも、だからこそ、こうして久しぶりに文章が書けたわけだし、まあ多分良いのです。後々、誰かが「youの躁状態、めっちゃええやん」って言ってくれる事に期待しようと思います。


プロフィールトキン Tokin
1983年生まれ。自分の精神疾患の病状をしゃべるフリーペーパー「ゾンビ道場」を発行しています。キーワードはメルヘンとメンヘル。イラスト、絵画、ライブペイントなど、アグレッシブに絵を描く病人です。
web site:http://tokin.info/
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2016-01-18 | Posted in PEOPLE, トキンNo Comments » 

 

手放せないなら一緒に持とう

来月、ライブペイントで出演するイベント「カウンター達の朗読会」のプランをこのところずっと考えています。
このイベントは、精神的な問題などの「生きづらさ」についてがテーマになっているので(詳細は文末、またはこちらをどうぞ…)、最近、病気と絵のことを話したりプロフィールに書く機会が前より増えました。

そうして考えていると、どうしても思い出すのが入院していた時のこと。その中で書き出していた文章をここに放流してみることにしました…。

20150607繧ォ繝・ヨ

仕事ではないけど、休みでもない。あるいは、休みではあるけど、最高に休まらない時間。
入院生活は、夏の暑さも相まって、なんだかエアポケットのような不思議な印象で記憶に残っている。
(薬でぼーっとしてたというのが大きいんだろうけど)

毎日毎日話したのに、もう名前も覚えていない人。いなくなった人。遠くからお見舞いに来てくれた友達。笑ってるような困ってるような家族の顔。泣きながらどっか行っちゃった友達。
いろいろ。

すごい変だった事がたくさんあった。

自分の苦しさを置き去りにして、自殺未遂について「迷惑かけちゃった」と言った人。
「迷惑だから治す」と言う彼女の努力の矛先はどこへ向かっているんだろうと思った。治すにしても、彼女の生は、彼女のものなのに。

自分の意見を泣きながらぶちまけた友達が行動制限を受けていたのも不思議だった。きっと、発露の仕方に問題があったんです。それが今ならわかるけど、その時はピンと来なかった。思い切り表現する彼女の態度に「いいなあ」と思っていたし、黙っていたら鬱になるのに言ったら言ったでアウトなの か?なんて考えて、私は「へえ、大変だね」とか言っているだけのタイプだった。

「へえ、大変だね」と言っている自分も大変だった。でも何が大変なのかわからなかった。何が大変なのかわからなかったから、なかなか退院出来なかった。(とんちみたいだよね)

そこにいる人は、当たり前だけど、みんな大変だった。


自分のことはもちろん、入院していた人の事も、スタッフのことも、たくさん考えた、感じた。そして考えれば考えるほど「考えない方が良いよ」と言われた。そこがよくわからなかった。

決して楽しくはなかったけど、私にはとても大事な時間だったよ。
でもさ、それを話すとき、私はいつもこう言うんだ。

「超迷惑かけちゃった。精神科に入院とかやばくない?」

しかも笑って言うのさ。何も可笑しくないのに。
死ぬほど苦しかった事を「やばくない?」って突き放して笑う私の方が、よっぽどやばいよ。


あの時、直に感じて触れた、人の気持ちの奥の事。それをものすごく愛おしく感じた事。そして、それと相対する「そういうものと距離を置く方が健康的という考え方。
でも、そこを見て見ぬふりしてあまり触れず生きていくのが良いのだとしたら、私は何を見て誰のためにものを考えたら良い?

人の気持ちの話が好きだ。
極端に振り切ってしまう人とか、極端に振り切らずにいられなかった程の情動に、ものすごく惹かれる。いびつな顔で取り繕ったりしないで、楽しい事は楽しいと言えるように。悲しい事は悲しいと思い切り泣いたりワガママ言ったり、散々ふさぎこんだりして欲しいといつも思っている。
(なんて!いい事を言っている風だな。誰より、私がそうしたかっただけだ)

素直に泣くなんて、そんなのすごく難しい。泣いてもなにも解決しないし。わかってるけど、わかってるから、敢えてそういうものを作りたい。

涙と鼻水でぐずぐずになったとき、手に取るのが、ふわふわのタオルだったらちょっと良いじゃない。
死にたい気分で倒れ込んだベッドに、柔らかいクッションがあったら、ちょっとだけ良いじゃない。

「最悪」から少し目を反らしたくなったとき、自分の絵が機能してくれないかといつも思っている。共感か、安心か、気紛らわしか、そういうものを作りたい。

————————

私が、彼女達が、手放せなかった「生きること」を、細い糸みたいにして、つなげて、考えていきたいです。
全然タフじゃない。まだ糸だよ。ロープなんかになってない。
でも、これでも、結構繋がってさ、割と太い糸にはなったと思うんです。

20150617蜻顔衍

生き辛さを抱える全ての人へ捧げる朗読ライブ
「カウンター達の朗読会vol.7」
~きみの手でカウンターパンチをするための57577~

2015年7月11日(土)
会場 新宿 ネイキッドロフト
OPEN 18:30 / START 19:30
前売/予約 ¥1,500 / 当日 ¥2,000(共に飲食代別)

【出演】
成宮アイコ(こわれ者の祭典)
葛原りょう(大衆文藝ムジカ 編集長)
Tokin(ライブペインティング)
タダフジカ(ギター&クラリネット)
川瀬由紀子(ピアノ)

前売りチケット情報、イベント詳細はサイト(http://tokin.info)をご覧下さいませ。
よろしくお願いします!


プロフィールトキン Tokin
1983年生まれ。自分の精神疾患の病状をしゃべるフリーペーパー「ゾンビ道場」を発行しています。キーワードはメルヘンとメンヘル。イラスト、絵画、ライブペイントなど、アグレッシブに絵を描く病人です。
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2015-06-20 | Posted in PEOPLE, トキンNo Comments » 

 

わたしとあなたの会話の話

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「私は私で生きるんだ」と言う人に対して「かわいそうだなー」と言った人がいた。
何がかわいそうなのか訊いたら
「「私は私で生きるんだ」って敢えて言わなきゃいけない気持ちを想うとねー」
とのことだった。
なるほど。

「自分が自分で生きられない」のはなぜなんだろう。

「普通に嬉しい」「素直に嬉しい」という言い回しがある。あの言葉に私はいつ
も違和感を感じるんだけど、それがもしかしたらこの問いに対する答え かもし
れない。

本音の意見の前に入っている「素直(に見える)」「普通(と言われる)」という、
視点。
それは恐らく、一般的にそう言われるだろうとか、そう言っていた人がいるとか
いう基準から推測されたものだ。
でもその推測って、私とあなた、の間でしゃべる時本当に必要なものなんだろうか。

私が誰かとしゃべる時、当たり前だけど私が聞きたいのはその人の意見であっ
て、その意見が一般的にどう見えるか、どう判断されるかは関係ない。
(だって、私の物差しがその「一般的」かどうかは、わからないでしょ)

変に思われるかもしんないけど、変に思わないかもしれない!
あなたが「変に思われるかもしんない」と感じている事、私はとっても魅力的に
感じるかもしれない!
それを自分から閉ざしてしまうのって、結構もったいないなと思うのです。

枠組みや、経験からの推測がまったくない所でものを考える・発する、なんてこ
とはとても難しいけど、どの枠組みにはまるか、どの経験を当てはめる かは自
分の自由。
「嫌われる自分」の枠組みをあらかじめ作って、その中に本音を閉じ込めるっ
て、なんだかそんなの淋しすぎます。
大事な人にそれをされたら、私は結構淋しいぞ!

とはいえ、私もかなり身に覚えがあるので、こうやって文章を書いていても「く
う、自戒だなあ」という感じがします。
嫌われるのってすごい怖いから、なるべく無難な自分でいたい。
でもこの「自戒だなあ」というげんなりした感じも、苦笑いで誰かとシェア出来
たらそれってちょっと幸せかも、って思うのです。


プロフィールトキン Tokin
1983年生まれ。自分の精神疾患の病状をしゃべるフリーペーパー「ゾンビ道場」を発行しています。キーワードはメルヘンとメンヘル。イラスト、絵画、ライブペイントなど、アグレッシブに絵を描く病人です。
web site:http://tokin.info/
Twitter:http://twitter.com/Tokin0528



2015-04-14 | Posted in PEOPLE, トキンNo Comments » 

 

打ち明け話は誰の為?

こんにちわ。前回の投稿からまた随分経ってしまいましたが、相変わらず、絵を
描きつ つ、ぐるぐるいろんな事を考えています。

そんな中、先日こんなイベントを行いました。
■「ライブハウスいってみるツアー」
http://blog.livedoor.jp/marshmallow83/archives/2014-10-22.html

かいつまんで言うと、
「ライブハウスって、行った事ない人にとっては怖いと思うけど、素敵な所だか
ら来て 欲しい!」
「『そういう所に一人で行くのは勇気がいるなあ』と思っている人がいるなら、
同じような人皆で来てみるというのはどうでしょう!」
という趣旨で、私達が出演するライブイベントに来るイベントを作ってみた…と
いう感 じです。

新しい場所に出るきっかけが欲しい人を呼びたい、という気持ちが強くあり、
「生きづ らい人同士でライブハウスへ行ってみるツアー」という単刀直入なイ
ベントタイトルをつけたのですが、やってみて、嬉しかった事はもちろ ん、反
省して考えた事がいろいろありました。

その中で、とりわけ大きかったのが、自分で作った「生きづらい人で」という趣
旨その ものです。
発案した時点では「何かつらさを持つ人同士なら、普段話しにくい事も話せるん
じゃな いか」という発想だったのですが、いざやってみて、また、企画を進め
る中で自分の気持ちを反芻した時どうしても否定出来なかったのが、 「生きづ
らさを持つ人」の対比として「生きづらさに関係ない人」というの を無意識に
想定していたことでした。
「生きづらい」という事も、あまり強く強調すると、わかりやすい「生きづら
さ」を持 たない人の口を静かに塞いでいくことになるのですね。
気軽に入ってこないで!というような感じになってしまうというか。(もちろん
それが 必要なこともあるんだけども…モヤモヤ)
これは、自分が企画して行動するまで、実感としてあまり気が付く事が出来ませ
んでし た。

20141211

どこからがつらい/つらくない、なんていう線引きをする事に意味はありません。
でも、まったくボーダーレスに話したり、公にするというのもまた、難しいと思
いま す。
ゾーニングされた中だからこそ話せる、相談出来る事柄というのはたくさんある。
でも、その区分けが仲間はずれの理由になってはいけなくて…。

私は活動家や専門家ではないので、そこまで思い詰める必要はないといえばない
んです が、「痛み」というテーマにクローズアップして制作をする者と して、
また、小さな媒体ではあるけれどフリーペーパーという形で言葉を発信している
者として、自分が何か言ったり発信する時には気をつけねばと思った事柄 でした。
やってみないと解らないことってたくさんあるんだな。
まだまだ考え中ではありますが、少しずつ、作って、動いて、発信してまた考え
ていきたいです。


プロフィールトキン Tokin
1983年生まれ。自分の精神疾患の病状をしゃべるフリーペーパー「ゾンビ道場」を発行しています。キーワードはメルヘンとメンヘル。イラスト、絵画、ライブペイントなど、アグレッシブに絵を描く病人です。
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2014-12-16 | Posted in PEOPLE, トキンNo Comments » 

 

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