松江健介, OFP STAFF, PEOPLE, インタビュー

他人と屋上とそらと 〜インタビュー 特別編〜



フリーペーパー好きの方々なら『他人』というフリーペーパーの名前を聞いた事があるかもしれない。

おおよそ4年前、突如として配布された謎のフリーペーパーは、その内容から瞬く間に評判を呼び、界を賑わせた。
長きに渡る沈黙の後、もう終わってしまったと思われていた昨年、待望のvol.2が発行された。
その内容も正に圧巻で、vol.1を更に煮詰め凶暴にしたような強烈さだった。vol.1が大好きだった僕でさえ、一度に全てを読み終える事が出来なかった。半分ほどを読み終えた時点で、いつの間にか胸焼けのような眩暈のような、そんなどことない体の異変にすっかり支配されてしまった僕は、一度誌面から視線を外し一息置いてから何とか最後まで読み終える事が出来たのだった。

さて、そもそも『他人』を知らない方はここまで読んで、何がそんなに強烈なんだとお思いのことだろう。



そもそも『他人』とはどんな内容のフリーペーパーなのか。
ざっくりと説明してしまうと、《あかの他人に対し、アポなしの突撃インタビューを敢行するインタビュー誌》ということになるだろう。
このコンセプトだけでも十分に何やら只者ではないという印象を受けるが、それ《だけ》と言えば《だけ》なのだ。
シンプルで洗礼されたデザインを持ったタブロイド誌というアウトラインは、読者に気持ち良い読書体験を提供する手助けを担っているということは明白だが、基本的にコンテンツはインタビューのみだ。

それでは、何がそこまで強烈なのか?

ここからは、今回お話を伺った『他人』の発行人であるマジで株式会社代表取締役の西井さん(名刺が分厚かった方の人)とアシスタントデザイナーの加藤さん(名刺が薄かった方の人)のお話を交えて進めていきたいと思う。
なお、今回の取材は、マジで株式会社が拠点としている名古屋で行わせていただいたが、共に名古屋を拠点としているフリーペーパー『屋上とそら』の堀江さんと岩井さんを交えたオープンな雑談形式で行われた。










左より、他人編集部・加藤さん、屋上とそら編集部・岩井さん、他人編集部・西井さん、屋上とそら編集部・堀江さん


僕は、『他人』を人に紹介する際によく《短編小説やあるいは哲学書を読んでいるようだ》と形容させていただいている。
vol.1でインタビューを受けていたおばあちゃんのインタビューには、生きること(生きてきたこと)の重みや、物語性が多分に含まれていた。生々しく、荒々しく、そしてどこまでもある種のエンターテイメントだった。
この部分を西井さんにお尋ねしたところ、「完全にノンフィクションですね。尺を削りはしますが、編集はほとんどしていません」という。これには、僕も堀江さんも驚いた。そんな都合良く良物件が落ちているものなのかと。更にアウトテイク的なものは特になく、一発一中だそう。
「やはりガチ凸の取材は断られる事が多かったんですが、そんな中、向こうの方から『私を撮って〜』と手を振って走ってきた人がいたんですね。それがvol.1のおばあちゃんです」という。



vol.2のおじいちゃんに関しては、公園の大きな桜の樹の下で2ℓのペットボトルにフル充塡された酒をラッパ飲みしていたところを捕獲されたそう。その光景に圧倒された西井さんと加藤さんがこの人しかいないと取材交渉に移ったという。
桜の樹の下には屍体が埋まっている代わりに、ペットボトルごと凍らせた酒をラッパ飲みし更にはその未知の飲み物らしき物体を人に薦めてくるおじいちゃんが仁王立ちしている、これが中村公園だ。…名古屋市、大丈夫だろうか…。
「酒と一緒に持っていたモツ煮(のようなもの)を薦められて、せっかくということで食べてみたのですが、、、(汗)」と加藤さん。
「あ、これか(笑)」と堀江さんが見るvol.2の裏表紙のおじいちゃんの足元には、緑色の何かが沈殿しているように見えるもつ煮(のようなもの)が確かに鎮座していた。

足元には割り箸が刺さったままのもつ煮(のようなもの)


取材は毎回壮絶を極めるそう。
「軽くインドに行って帰ってきたような感覚になります…」そう仰る他人編集部のお二方の苦笑いは、
苦9:笑1の比率で構成されていた。そして、名古屋市内に広がるインドからの帰路、ドライブのお供はいつだって重厚な疲労感だそう。
しかし、彼らの足はまた聖地巡礼の旅へと向かう。
一体何が彼らをそこまで掻き立てるのだろうか。

ここで、一旦遡り、そもそも何故このようなフリーペーパーを発行するに至ったのかという部分を伺ってみた。
元々バンドマンだったという西井さんは、その頃から自身の考えや思いを何かしらの形で表現していくことが自身の一部であったのだろう。
(マジで株式会社では、出勤してから哲学や宇宙の話をしていたらお昼になっていたというお話も…)

バンド解散後のある時期に、その矛先はまちづくりに向かっていったそう。
「5年ほど前にSYNCHRONICITY NAGOYAというまちづくりをテーマにしたコミュニティを立ち上げて活動していました。そこでは“街づくりとは人づくりだ”というコンセプトで人の自己実現をベースにいくつかのプロジェクトが立ち上がっておりまして、その中の一つがフリーペーパー他人でした。ライターになりたい夢を持ったメンバーと共に、その夢を少しでも実現するために何か形にしたいと立ち上げたのがきっかけです。」
始まったプロジェクトはその後頓挫してしまったそうだが、『他人』のプロジェクトは捨てきれず、ご自身が立ち上げた会社で引き継いだそうだ。



インタビューというものは、取材対象の話で成り立つもので、記事の書き方によって必ずしもそうでない場合もあるにせよ、基本的には取材対象が主体になっている。しかし、『他人』というフリーペーパーを初めて手にし読んだ時に《取材している側》の強烈な主体を感じたのだ。
このフリーペーパーの本編は100%インタビューのテキストで構成されている。すなわち、今僕が書いているこの記事のような構成ではない。本来ならその形式では《取材している側》というのはとても中立的で居て、無色なはずなのだが。
しかし、お話を伺っていくうちに何故《取材している側》が顔を覗かせるのか、そのカラクリが見えてきた。
それは、成り立ちのエピソードでお話してくださった「自己表現をベースとしたプロジェクト」という部分がその一つであると考えられるし、更にはこんなお話もしてくださった。
「ここに収められている事の全ては取材班の僕ら目線で行われているものであることに間違いありません。
フリーペーパー他人にとってのあかの他人は私達編集者や読者様となります。そういったことを哲学することで、人間と人間の境界線みたいなものを考えるひとつのきっかけが、このフリーペーパーと出会った人たちの“無意識”を刺激してくれたらとても嬉しいです。」



ふと気がつくと西井さんの横に座る加藤さんの口数が少なくなっていることに気がつく。
「さっきもつ煮の話をしたら、あの時の記憶が蘇ってきて、、、」と加藤さん。顔色がすぐれない。いや、すぐれないというよりも例のもつ煮(のようなもの)の緑色に近づいてきている気もする。おじいちゃんの求心力が如何程だったにせよ、朝起きたらもつ煮になっていました、なんて話は流石のカフカでさえも笑ってくれないだろうから、ここはひとつ加藤さんの無事を願って先に進めるとしよう。
そんな加藤さん、このインタビューの当日、西井さんよりも一足早く現地に到着していたので先行して少しお話を伺っていたのだが、実はvol.1の製作には関わっていなかったという。であるならば、社長(西井さん)の到着を待ってから色々お話を伺おうと逸る気持ちを一旦しまい込んだが、この部分こそが、『他人』の発行間隔が酷く空いてしまったという部分のお話に関連していく。
前の晩にそわそわして眠れずYouTubeを見過ぎて遅れた社長(西井さん)のお話によると、vol.1を製作し、順調にvol.2のインタビューを取り終えたが、その後にコアメンバーが抜けてしまってそれから『他人』の製作は鳴りを潜めてしまったという。それを救ったのが何を隠そう、もつ煮になりかけている加藤さんだったそう。
「加藤くんがやるって言ってくれて、『他人』がまた動いた感じですね」という西井さんはなんだかとても嬉しそうだった。
ちなみに世に出ているvol.2は加藤さんと全く新しくインタビューしたもので言わばvol.3、本来のvol.2はデータがどっか行ってしまったというこぼれ話もしてくださった。
そしてここで、『他人』の読者には一つ朗報を持ち帰ったので共有しておきたい。オフィシャルリリースのvol.3が近日中に発行されるのだ。そして、そのインタビューは既に録り終えているそう。その情報を耳に入れたのは、このインタビュー終盤のことで、すっかり「彼らのビジョンの今後がもっと見たい!」と思わされてしまった後の事だったので、僕らは尚更それを喜んだ。
そして、それは今までとは少し違う“チャレンジング”な内容になると言う。もちろん基本的なコンセプトは従来通りなのだが。
「今度のやつは色々な意味で読者が試されると思います」と不敵な言葉を残した西井さんは少し誇らしげであった。それだけでも今回の仕事がとても満足のいくものだったのだろうと想像に容易い。

“仕事”??
これって仕事なの??
そもそもフリーペーパーでしょ?広告入ってないんでしょ?お金どうしてるの?

フリーペーパーについてあまり詳しくないけどここまで読んでいただいた方(本当にありがとうございます!)はそろそろこういう類の話を欲しているのではないかと思う。
フリーペーパーは、日本語に訳すと無料誌だが、自由誌とも取れる。形・装幀はもちろん、発行に至る動機や発行元、流通の仕方、内容、全てにおいて定型は無い。「広告で成り立っているメディア」という認識が多くの人の中に根付いているのだろうが、それは解であり解でない。《あくまでそういうものもある》というくらいがいいところだろう。何度も言うが自由誌であるので、一つの定型に収まるものではないのだ。
では、そういうことならば、『他人』とは一体なんなのか?

結論から言わせていただくと、『他人』は一つのアートプロジェクトだという事だ。西井さんが持ち続ける内(自己)と外(他者)を徹底的に考察し哲学していくこと、そしてその先にある内と外との邂逅、さらにそこから創造される新しい内および外、循環、輪廻。インスタントな世の中では、他人とのコミュニケーションはおろか、SNSに夢中で自己との対話もままならない。そういった現代に対する西井さんなりの一つの表現が『他人』だったのではないだろうか。そしてこの仮説によって炙り出されたものの中で特に注目したい点は、アナログメディアである《紙》で表現することの明確な必然性だろう。

「紙が好きだから」
なぜWEBではなく紙なのか?という質問に対する回答として多くのフリーペーパー発行者さんが答えてきたものがこれだ。そして、これ以上清々しく美しいものはおそらく存在しないだろう。最高のセンテンスだ。
しかし、掘り下げていくと、好きだという感情の裏に隠れがちなそれぞれの《紙でなければいけない理由》が存在しているものなのだ。逆に言ってしまうと、この《紙でなければいけない理由》が存在しない紙メディアは結果として非常に弱くなってしまうことが多い。

西井さんは『他人』が、《紙でなければいけない理由》をこう語ってくれた。
「携帯する事にも適さない、置き場所にも困る、さらに大きな誌面に文字がぎっしりで読みづらい、持っていて邪魔になる、という特性を詰め込んだタブロイドサイズにしているところに、特にその理由があります。
人の人生を垣間みる、人に共感する、人の気持ちに寄り添う、自分以外の人、特にあかの他人に接触してコミュニケーションをとるという行為そのものが、現代ではとてもエネルギーを使う行為だと思うんです。
面倒だから本当はそんなことしたくないって普通だったら思ってしまうし、だからこそ楽な方へ、楽なコミュニケーションへと流されてしまいがちになる。
でも、その面倒を打ち破るほどの他者への愛情を持ってそこへ飛び来んだときに、逆に自分が満たされる感覚になるんです。
その体験、その感覚を少しでもこのフリーペーパー『他人』には宿したいという理由で、
自分以外の人に寄り添う“面倒臭さ”を“思うようにならなさ”を表現するには、この紙という媒体が一番適しているんです。
だから、フリーペーペー『他人』がある意味“便利”になってしまうと本質からズレてしまうのです。」

『他人』と(わざわざ)面と向きあう事でしか生まれようのないモノやコトが存在し、それを様々な人に感じて欲しい。そんな思いを文字通り体を張って収穫してくる戦士こと他人編集部。
そんな戦士たちの戦いの記録は、度々《読書会》という形でイベントに昇華されているという。しかもそれは、彼らが主催しているわけではなく、読者の皆さんが自発的に催しているという。
《インタビューに対する読書会》なんていうものを今まで聞いた事がなかったので、これには本当に驚いた。と同時にあってしかるべきだと思ったし、参加したいとさえ思った。
新刊が発行された際は、是非開催したいものだ。



ここまで、『他人』を取り巻く環境やこれまでの歩みを、伺ったお話を元に綴ってみたが、肝心の内容にはほとんど触れていない。
その点に関して、ここで語るのはあまりにも野暮であるし、やはり手に取って読んでみて欲しいと思うからだ。そして、読んだあなた自身が何を感じるかがとても重要なポイントなのだ。おそらく誌面に登場するおじいちゃん・おばあちゃんは《たまたま》そこに載っているのであり、もっと抽象的な概念のようなものなのだ。『他人』を前にし、『他人』の話を聞き入った先に何かを見るのか、はたまた何も見ないのか、あなた自身がその経験を大事にして欲しいと思う。

※フリーペーパー『他人』は、ONLY FREE PAPERでvol.1(残り僅か)、vol.2共に配布中。近日発行予定のvol.3ももちろん配布予定ですので、是非お手に取って見てください。



—ロケ地について—
今回のロケは、この夏オープン予定のHORIE BLDGで行われました。
記事内にもご登場いただいた屋上とそら主宰の堀江さんが新しく作るオープンスペース。
1階には喫茶店『RIVER』と当店『ONLY FREE PAPER』の名古屋店が入居し、2階はギャラリーなどに使用できるオープンスペースになります。3階には堀江さんも所属するデザイン事務所『RADICAL』の事務所。
そして、全館に渡り『NA』という名古屋初のブランドを展開していきます。
ロケーションは、名古屋のウェッサイ、名古屋駅西口から約5分。
正式な発表は、日程が決まり次第行います。乞うご期待下さい。



《お詫び》
のんびりとこちらの記事を書いている間に待望のvol.3が発行されました。
他人編集部が口を揃えて語ってくれた事が半分わかるようで、半分はどこか肩透かしを食らったような不思議な読後感を味わいながらこの文章を仕上げています。これが彼らのいう「読者が試される」という事なのでしょうか。
とはいえ、『他人』が持つ一筋縄ではいかない重厚感はそのままに、と言いますか更に増しているような気がします。
そして、今までで一番の配布率です。(品切れにより追加発注中入荷しました

何はともあれ、記事のリリースが遅れてしまったこと、お詫び申し上げます。


text・interview・photo 松江(ONLY FREE PAPER)


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