OFP STAFF, インタビュー

インタビュー #7「ゾンビ道場」



『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』が公開されてから早半世紀近く経た2017年、ゾンビは市民権を得、カルチャーのひとジャンルを担い、どこかチャーミングな印象を持ち得るに至っています。
しかし、幼少期に何度も戦慄させられた『バタリアン』の強烈な恐怖よろしく、モンスターである本来の不気味さは未だ健在です。
そしてそんな多様化する【ゾンビ】はフリーペーパー界にも進出しています。
ファンシーで親しみやすく“子供ホイホイ”なイラストとは裏腹に「精神病クリエイター生存の記録」「メメントもらない」「主治医からの発言『一生治りません』」など、不安な気持ちを掻き立てる文字列が愛らしいイラストにそっと華を添える手書きの冊子。
表紙をちらと見る限りでもただ事ではないことを訴えかけるフリーペーパー『ゾンビ道場』。色々気になるので、発行者のTokinさんにお話を伺ってきました。

『ゾンビ道場』

双極性障害と解離性同一性障害を患うイラストレーターTokinさんが発行するフリーペーパー。内容は主に精神障害と暮らす日々の記録。月刊から始まり現在は不定期(年3-4)発行で第21号まで発行されている。
http://tokin.info




・心の病気について

フリーペーパーの大きなテーマとなっている精神病。Tokinさんは双極性障害(躁うつ病)と解離性同一性障害(多重人格障害)を患っていらっしゃるが、そもそもの始まりや自覚していく過程について伺いました。

松江:このフリーペーパーのキャッチにもなっていますが、双極性障害や解離性同一性障害について『もしかして自分はそうかも?』って思うきっかけは何かあったのですか?

Tokin:高校生の時にある日突然学校に行けなくなって、それが何なのかわからなかったんですが。あ!もうだめだって思ったんですよね(笑)。パニックというかすごい貧血のような感じになって、その日は家に帰ったんですが帰った時には単純に体調が悪いというわけじゃないというのが自分でわかったんですよね。親は「内科じゃなくて?」みたいな感じでしたけど、それはもう違うって自分でわかってたので。そこから精神科通いが始まりましたね。

松江:へえー。でもなかなかそっち(精神科の領域)に思考が行き着く人ってそんなにいないようにも思います。思ったとしてもなかなか行動に移せないと思ってしまうのですが。

Tokin:そこに至るまでに小さな体調不良みたいなものがずっとあって、、、。頭痛いから内科とかお腹痛いから胃腸の専門の方とかその都度診察してもらっていたのですがどこで診てもらっても具体的に悪いところがなくて。それでもやっぱり体調は悪いし、なんだろうなーとモヤモヤしていたんです。そんな中で先ほど話したパニックみたいなものがやってきた時に今回のやつはいつものとはヤバさが違うぞと思って。ああ、、、これは、、、(精神科の領域だ)と思いました。

松江:では、小学生や中学生の時は特に目立った不調はなかったのですか?

Tokin:そうですね。特になかったですね。でも、解離性同一性障害というのはすごく強いストレスがあったとか何かきっかけがあって発症するものなのですが、小学生の時にあまり人間関係がうまくいっていなかったのでもしかしたら(解離性同一性障害の発症の原因は)それなんじゃないかとは思っています。

松江:最初は双極性障害や解離性同一性障害について特に知識もなく診察に行かれたと思うのですが、初診の段階でパッと診断されるものなのですか?

Tokin:それが全然そんなことはなくて、きちんと病名を診断されるまで約10年かかりました(笑)。

松江:ええ!??10年ですか???

Tokin:初めて行った時は高校生の時だったんですが、思春期の患者さんには簡単に病名を告げないというのがそこの先生の方針だったみたいで。思春期というのはただでさえ揺れやすい時期なので。そこからしばらくは聞いても曖昧な感じで、、、『病名を告げることはそんなに重要なことではない』とか、、、それで通い始めてなんやかんやで7-8年経った頃に友達に別のカウンセリングルームを紹介してもらったんです。そこで話をしてみると「解離性障害って言われたことあります?」って初めて言われて。そのことをずっと通っていた方の先生に言ったら「町のクリニックであるうちじゃ診れない」って言われて違う病院を紹介されました。その転院先で初めて正式に解離性同一性障害と診断されました。その後色々薬の処方してもらったりしている過程で双極性障害であることもわかって。その段階でやっと大元の原因が明るみに出てきたわけです。

松江:むむむ。。これはなかなか根深そうな問題ですね。。。

Tokin:よくわからないまま時だけが進んでいくのはとても大変でしたし、原因がないのに不調を訴えるのは自分が悪いと思っちゃったんですよね。私の根性が足りないんだと。それで試行錯誤してメンタルトレーニングや宗教についての本を読んだり、偉人の名言集みたいなものを読んだり、あと食事療法とか。色々自分なりに工夫してやっていました。

松江:そういうものが結果的にどんどん精神的には悪い方に行ってしまったということですよね?

Tokin:そうですね(笑)。

松江:精神科だけに限ったことではないですが、診断までに時間がかかってしまう問題はどうしたらいいんでしょうかねー。結局いい先生に出会える確率の問題になってしまうんですかね、、、。

Tokin:そうですね、、、あとはやっぱりセカンドオピニオン大事だと思いますね。いっぱい薬出しとけばいいみたいな先生もいるので。

松江:難しい問題ですね。。。あ、すいません、、ちょっと問題提議が逸れてしまいました。。。

Tokin:やはり、目に見えて何が悪いってわかるわけじゃないのが難しいですよね。

松江:だからこそ、Tokinさんのように当事者が発信するリアルなメディアはすごく貴重だと思いますし、ナーバスな問題を発信するのはものすごく体力を使うことだと思うので本当にすごいと思います。めちゃめちゃ体張ってますもんね(笑)。



・フリーペーパーという紙メディアを使って発信していくということ

精神的にタフな状況に置かれたTokinさんが自らを発信していくこと。その一つとしてフリーペーパーというメディアを選択したことについて伺いました。

松江:そもそも何故ゾンビ道場を発行しようと思ったのですか?また、何故フリーペーパーだったのでしょうか?

Tokin:入退院を繰り返している時期だったんですが、退院した時にやることがなくて(笑)。以前からフリーランスで絵の仕事をちょこちょこさせていただいていたのですが、症状の方が制御しきれないくらいになってしまって。仕事に関しては、迷惑かけちゃいけないからっていうのがあって隠してやっていたのですが、このまま隠してやっていくのは無理だというところまで来てしまって、、、。仕事はできる状態ではなかったんですが、絵は描きたいというのがあって、暇だということでフリーペーパーを書き始めました。フリーペーパーであれば出さなきゃいけないという使命感もないし、のびのび出来そうだし、リハビリにもちょうどいいかなと思って。

松江:フリーペーパーというとクーポン誌や求人誌のようなものがパブリックイメージとしてあったと思うのですが、最初から現在発行されているような手書きの形式は想像できたのでしょうか?何か参考にされたフリーペーパーなどあったのでしょうか?

Tokin:私が高校生くらいの時に手書きのフリーペーパーを作っている人がちょくちょくいたんですよ。吉祥寺の雑貨屋さんや本屋さんに結構そういうフリーペーパー置いてありましたよね。その時のことを思い出してノリで作りました。その後ONLY FREE PAPERに持って行った時にホットペッパーみたいなものがフリーペーパーって呼ばれていることを知りました。

松江:逆に!?

Tokin:逆に(笑)。

松江:そもそも自身の経験や思いを発信することに抵抗はなかったのですか?

Tokin:壊したらまずいような仕事上の人間関係もなくなってしまったので。そして、見栄を張るより弱みを見せてしまった方が仲良くなれると思っているので発信することに抵抗はありませんでしたね。あ、あと、、そうだ!

松江:はい?(笑)

Tokin:フリーペーパー作るモチベーションとして、暇だとか単純に作ってみたかったとか色々ありましたが、一番は実験をしたかったんです。

松江:実験??

Tokin:入院先で知り合う友達とか同じような境遇の人が『わかってもらえない』という事をすごく言っていたんですよ。健康な人から見ると何か特別でとても理解しがたいものとしてみられると。でもその時私は『わかってもらえない』という言葉にすごく違和感があったんです。私は今まで自分の病気について(誰かに)わかってもらおうと思ったことがあっただろうか?と。あまりなかったんです。だからわかってもらおうと何か働きかけをしたことももちろんありませんでした。その時に『ああ、じゃあ私がやればいいんだ』って思ったんです。何かアクションを起こせばわかってもらえるかもしれないし、「わかってもらえたよ!」って同じ病気の人に言ったら少しは安心してもらえるかもしれないじゃないですか。その反応を試す実験をしようと思って。それで最初に使ったのがフリーペーパーだったんです。だからなるべく多くの人に届くように病院とかではなく町の本屋さんや雑貨屋さんに置いてみようと思いました。

松江:Tokinさんはイラストを描けるわけですが、そのことは紙媒体を作るモチベーションの手助けになりましたか?

Tokin:自分で話すとか、直接的な方法で発信していくのは無理だと思いましたが、何か書いたものを渡すことならできると思いました。あと絵を描くことが単純に楽しいんです。


Tokinさんの水彩画作品(http://tokin.infoportfolio』より)



・イラストレーターTokin

絵を描く事を生業としているTokinさん。絵を描く事を職業とするようになったきっかけや、そもそもTokinさんにとって絵を描く事というのは一体なんなのか?

松江:そもそも小さい頃からイラストレーターになりたいと思っていたのですか?

Tokin:はい、そうですね。

松江:絵はいつ頃から描いていたのですか?

Tokin:小さい頃からすでに描いていましたね。美大に進学したくて、中高一貫で芸術コースがある学校に入ったのでその時にはすでにイラストを描く仕事に就きたいと思っていましたね。でもその高校を辞めてしまったので人生設計がぐちゃぐちゃになっちゃったんですけど(笑)。それでも絵を描きたいというのはずっとあって。絵の仕事はいつだったか、、、学校辞めて割と早い段階でやっていたんですよねー。知り合いのイベントのチラシを描いたりだとか、ちょこちょこですけど。

松江:え?それは仕事としてですか?

Tokin:はい。

松江:どういう経緯でそうなったんですか?好きな事を【仕事にする】っていうのはそこに一つハードルがあると思うのですが。

Tokin:仕事にすると言っても職業として成り立つほどではなかったですけど、最初は知り合い伝いに仕事をもらったり。あと親戚がアパレル関係の仕事をしていて、そこから仕事をもらっていましたね。今度何たらフェアがあるから絵描いてーとか、カバンに絵を描くみたいなことは高校生の時からやっていましたね。そもそも仕事として絵を描くっていうビジョンが最初からあったんですよね。好きだから絵を描くっていう意識は最初からなかったんですね。描くのであればお金はもらうし、もらうならもらえるだけのものを描くという。

松江:ここの部分というかタイミングというか、多くのフリーランスのクリエイターさんにはとってとても興味深い話だと思うんですよね。

Tokin:私、ホームページを作っていたんですよ中学生の時から。ホームページビルダーみたいなやつを使って。それがポートフォリオだったんですけど、友達や親戚がそれを面白がってみてくれていたんです。それが大きかったのかもですね。

松江:(SNSが主流になり、個人で色々発信できる)今それを真似しても全然でしょうけど、当時は丁度良い具合だったんでしょうね。

Tokin:そうですね、作品を書いて載せている人自体がそんなに多くなかったし、中学生が自分のホームページを作っているというのも当時は面白かったんでしょうね。

松江:絵を描くということは小さい頃から体に染み付いていたんですね。

Tokin:ですね。あと、絵を仕事にするということについては高校辞めちゃったことも大きかったんです。美大に行くルートが一旦そこで途絶えてしまったんです。受験する根性とかないしできるとも思えなかったのでもう自分でやるしかないと。

松江:へえー!!20歳前後でその覚悟を持てるってすごいですよね。その年齢ならもっと他に易しい選択肢はあったはずですし、そもそもその時すでに精神の健康は思わしくなかったわけですよね?

Tokin:親にも特にプレッシャーをかけられるとかなくて、ただ私の中で悔しさがあって。周りの人はみんな大学行って就職してというルートを辿れるのに私は辿れないという。その悔しさを解消するには、絵が上手くなってそれを人が見てくれてそれで仕事してというルートを行くしかないというかそう思い込んでいて。そう考えていかないと精神がもたなくて。アイデンティティがなかったんです。学生じゃないし、外でバイトできるメンタルでもなかったし、でも自分が何者でもないのが嫌だったから【絵を描く人】っていうアイデンティティが必要だったんですよ。肩書き欲しかったですねー(笑)。

松江:強いですねー!誰に何言われるわけでもない環境の中で、それだけ自分を奮い立たせるっていうのは本当にすごいことだと思います。

絵を描くことはTokinさんがTokinさんであるために必要不可欠であり、それはもはや身体の一部であるかの如く。
では、絵を描くこと・ゾンビ道場を書くことは心理的な部分と影響しあっているのか伺ってみました。


松江:精神的にネガティブな部分であったり危うい部分があるから絵が描けるってことありますか?

Tokin:よく聞く話ですけど、こじつけですよね(笑)。だってそうでも言わないと報われないじゃないですか。

松江:ゾンビ道場でいうとvol.8くらいまで結構荒れてたじゃないですか(笑)。そこからベクトルがちょっとずつ変わって言った気がするんですよね。それに伴い発行頻度も少なくなったので『あ、精神的に落ち着いてきたのかな?』って。

Tokin:そうですね。わかってもらえるかどうかの実験として始めたんですが、vol.5くらいの段階で割と達成されちゃったんですよね。結構みんな読んでくれたり聞いてくれたりして(笑)。その時点でイライラする必要がなくなって、そうなったらこれはもう作らなくていいんだろうと思ってたんですが単純に作ることが楽しくなっちゃって。あと、何か大変なことがあっても(ゾンビ道場に)書いちゃうとスカッとするっていうのがあって。なんかやめる理由もないしもっと書こうってなりました。

松江:同じタイトルとはいえ、あ!“月刊”は取れましたけど(笑)、作っているモチベーションは変化しているということですね?

Tokin:はい。でも言いたいことは一貫していて、まずこういう人がいますよーこういう病気がありますよーってことが一つ。そして、それでも何とかやっているというか、(そういう人たちが)毎日常に絶望し、塞ぎ込んでいるわけではないということですね。『克服してハッピー!』ということではなく、ハッピーとは言い切れないけどまあ悪くはないよねっていう日常が発信されているっていうのは意味があるんじゃないかとは思っています。

松江:ズバリ、Tokinさんにとって絵を描くことは精神的な部分とつながっていますか?

Tokin:んー。実感としては良い時も悪い時も描けるって感じですかね。嬉しかったら嬉しい絵を描けばいいし、辛かったら辛い絵を描けばいい。そして、その絵がある程度のクオリティに達していればレスポンスがもらえるんですよね。それが辛い絵だったとしても。レスポンスがもらえれば寂しくならないですし。

松江:ゾンビ道場についてはどうですか?

Tokin:自分のマイナスな部分を書いてみると自然と解決策を考えるようになり、問題点を改善しようという主体的な意思が出てきたような気がします。
以前は自分の欠点に気付くと、それだけで気が重くなっていたので、、、。あと、何より、絵や言葉や漫画を描くことにめちゃくちゃ自信が付きました。



笑っていいのか戸惑うが、クスッと笑えるのもゾンビ道場


・ゾンビ道場発行後の反響

精神病についての周知実験として始まったゾンビ道場発行はその後思わぬ反応をもたらした?
そしてTokinさんの現状や今後についても伺いました。


松江:先ほどvol.5くらいである程度の達成感を得たとおっしゃっていましたが、発行後すぐにリアクションはありましたか?

Tokin:それがあったんですよ。vol.3くらいの段階で結構。躁状態の時に自己顕示欲が爆発するのでめちゃめちゃ宣伝しまくっていたんですよ(笑)、「作ったよー!」「出したよー!」「配ったよー!」って。ブログ・ツイッター・手渡し、ガンガンいってましたね。初めて行くお店とかでも図々しく置かせてもらったり(笑)。

松江:やはりそれ(リアクションがあったこと)は大きかったですか?

Tokin:手応えありましたね。実験に対するアンサーが得られるのは単純に楽しかったですし「おっしゃー!」ってなりましたね。

松江:ですよねー。

Tokin:そもそもが反応ありきだったので。とてもモチベーションになりました。

松江:どんな反応がありましたか?

Tokin:色々な反応ありましたけど、概ね好意的な反応でしたね。あと、見せた時にカミングアウトしてくるパターンも多かったですね、実は私もそうなんですって。

松江:発行した当初、そのような反応は予想していましたか?

Tokin:いやー全くですね。もっと見世物的なものになるかなと思っていたので、あまり心温まるようなものは想像していなかったですね。

松江:色々な反応がある中でゾンビ道場は約5年、現在21号まで発行されていて、ご自身の活動も活発になられ、新聞やテレビなんかのメディアにも出られている現状や環境の変化をどう感じていらっしゃいますか?

Tokin:うーん。なんでしょう。でもやっぱり言えるようになってよかったなっていうのはありますね、隠していることがすごく辛かったので。風邪じゃないのに風邪って嘘ついたりするとその後会った時に「この前の風邪大丈夫?」みたいに言われるとそれについてまた嘘をつかなきゃいけないじゃないですか。嘘の連鎖というか。。。そういうものに対して「今日(精神的に)体調悪くなっちゃって行けなくなった」と言えるようになって気が楽になりましたね。

松江:今後の希望とか目標って具体的にありますか?

Toin:ゾンビ道場を読んだり私が発信することで(病気ことを)言えるようになる人が増えたらいいなと思いますし、言える社会になればいいと思いますし、そのために私は言っていこうと思ってます。

松江:ちなみに過去のゾンビ道場のバックナンバーをご自身で読み返して感じることありますか?

Tokin:自分は不真面目だといつも思っているんですが、紙面をみるといつも必死なので『私って真面目じゃん、、』と安心します。と同時に『心配しすぎるから心配になるんじゃないか?』いう気もしますが、たぶん性格なので仕方ないです。
vol.1-6くらいについては、状態が不安定でかなり家族に迷惑をかけていたので、ひたすら『皆さんごめんなさい』という感じです。それから、イラストのスキルが上がってるのが目に見えるのが嬉しいです!

松江:具体的な目標といえば、ゾンビ道場に「本出したい!」って書いてありましたね(笑)。

Tokin:本出したいです!!!あとは、やっぱりフリーペーパーだと【広域に】という意味ではなかなか届かない範囲もあるので何か大きい媒体に定期的に書くとかもやりたいですね。

松江:活動の幅を広げたいということですね。

Tokin:ゾンビ道場で直接的に書いていることをもう少しマイルドな表現にしているものが自分の絵だと思っていて、そういう私が作るもの何でもいいのですが、それを見て『辛いことを言ってみよう』とか『(病気の人の)言っていることを受け入れてみよう』とか、当事者の人もその周りにいる人も何かを感じてもらえたら嬉しいし、そういう空気を作り出せる土台になれればいいなと思っています。なんか壮大な目標ですけど(笑)。

松江:でも、そういう意味ではすでに幾分か達成されていますよね(笑)。

Tokin:読んでくれる人がいるおかげです。

松江:本出しましょ!!



・ゾンビ道場の由来

松江:今更ですが、改めて、ゾンビ道場の由来は?

Tokin:ああ(笑)

松江:絶妙なタイトルだと思うんですよね、ポップで親しみ易いんだけどやっぱり少し不気味で、、、。塩梅が最高です。

Tokin:【ゾンビ】については、入退院を繰り返したり躁鬱を繰り返したりで、死んでいるようで生きている生きているようで死んでいる状態がまさにゾンビだなと。【道場】については、それを繰り返していく鍛錬の場のようなイメージです。多くの人がそこで己を鍛え上げているという。だから一人ではないんですよね。

松江:あーなるほど!そんな意味もあったんですね!!

Tokin:後付けですけどね(笑)

松江:おおっ!すごい!今日お話伺った中で出てきた【受け皿になりたい】という部分と【道場】という部分が繋がって綺麗に収まりました!!ありがとうございます!!


発行当初から当店ONLY FREE PAPERではお取り扱いさせていただいておりますゾンビ道場は、発行の度にご本人に直接お持ちこみいただいておりました。
一筋縄ではいかない病気を抱えながら、それでも前に向かって進んでいく力強さを当初から感じていましたし、それは時には鬼気迫るものもありました。今回初めてじっくりお話を伺うことで、その理由が少しわかったような気がしました。とても大切な言葉も伺うことができしましたし、病気の方もそうでない方もそれぞれに悩みを抱えながらも理解しあって生きていくことの意味を今一度考えてみたいと思いました。

なお、9月17日から30日の約2週間、ONLY FREE PAPERヒガコプレイス店にてTokinさんの個展が行われます。
詳細はこちら。ぜひ遊びにいらしてください!


interview・text・photo 松江(ONLY FREE PAPER)


2017-08-23 | Posted in OFP STAFF, インタビューNo Comments » 
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